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No.9 『富士フイルム』 なぜ日立製作所の医療機器を買収するのか?

2019年12月17日、日立製作所の医療機器(画像診断装置)を富士フイルムが買収すると報じられた。両社にとって良い話だと思う。社会のプラットフォームづくりを目指す日立製作所と、医療のプラットフォームづくりを目指す富士フイルム。互いの志を推し進めるならば、日立製作所は画像診断装置を必然的に手放すべきだし、富士フイルムは画像診断装置を必然的に取り込むべきだ。

わたしの理解が間違っていなければ、富士フイルムの手がける現在の医療機器は、X線画像診断装置と医療用画像管理システムである。前者はいわゆるレントゲンのことだ。わたしが勤める会社の健康診断において、胸部を撮影する背丈ほどの機械も、確か富士フイルム製のX線画像診断装置ではなかったか。後者の医療用画像管理システムは、PACS(パックス、Picture Archiving and Communication Systemの略)と呼ばれたりもするが、要するにレントゲンで撮影した画像を管理するためのソフトウエアやサーバーと捉えれば良いだろう。

富士フイルムがなぜ、医療機器を展開しているのか。民生用カメラの技術が応用できたからである。レントゲンとはいわば、X線を照射して体の内部を撮影する大きなカメラだろう。そして、かつての銀塩カメラの時代におけるネガフィルムに相当するのが、レントゲンの場合にはX線フィルムであった。ネガフィルムにしても、X線フィルムにしても、富士フイルムにとって過去は重要な稼ぎ頭であった。ところが、2000年の半ばになると、アナログからデジタルへの技術革新の大波がレントゲンにも押し寄せてきたのである。X線フィルムの需要は急速に縮小し、銀塩カメラと同じように、レントゲンにおいても事業構造の転換を迫られることになった。デジタルのX線画像診断装置を新たに投入することに加えて、X線フィルムの代わりに、撮影したデジタル画像を保管するための新製品にも注力した。それがPACSである。

日立製作所から買収するのは、MRIやCT、超音波などの画像診断装置だ。これにより、人の体を撮影するための装置は一通りラインアップされることになる。これら画像診断装置を医療業界では一般的に『モダリティ』と呼ぶが、モダリティが拡充されれば、装置の累積販売台数に相関するPACSの収益機会も広がることになろう。

課題として想定されるのは、モダリティの収益力を向上させることだと思う。「良いものを作れば買ってもらえる」という供給者側の論理で、MRIやCTは過剰スペックの感が否めない。価格も最新機種なら10億円以上するのではないか。病院の投資余力も考えながら、読影医(画像診断の専門医)のニーズにも応えられる「ちょうど良い」製品を投入できるかがポイントだ。富士フイルムの冷徹なマネジメントに期待したい。

もう一つは、新規参入のリスクはないのかということだ。考えてみると、基本的には同じカメラにも関わらず、民生用途では事実上の撤退を余儀なくされた富士フイルムが、医療の分野ではなぜ生き抜くことができたのだろうか。おそらく、X線の取り扱いに技術的な参入障壁があるのではないかと思う。被爆量もコントロールしなければならない。とはいえ、民生用途で起こったことが、医療用途では起こらないと果たして言い切れるのだろうか。例えば、胸部X線のレントゲン検査もiPhoneまたはiPadで。そして、撮影画像のアーカイブはGoogle Photoで。病院間での画像のやり取りも楽になり、患者自身も自分の画像を自由に持ち運べる。戦うべき相手は、GPS(GE、Philips、Siemens)ではなく、医療の分野でもGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)。そんな時代が到来しないのか、富士フイルムの考えを聞いてみたい。


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