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No.34 『マニー』 やらない企業

「戦略とは、何をやらないか決めることである」。『競争の戦略』に出てくるマイケル・ポーターの名言だ。聞いたことがある人も多いだろう。「何をやらないか決める」、言われてみれば当たり前、だけど実践するのはなかなか難しい。むしろ、顧客から求められるままに事業や製品を増やし続け、結果として他社との違いを作ることに失敗し、低い収益性に甘んじている企業が少なくないのではないか。

たとえば・・・とダメな企業を鼻息荒く取り上げるのはいかにも無粋なので、ポーターの言葉通りに何をやらないか決めたことで成功した事例を電機業界から紹介しよう。楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』にも登場する、小型モーター専業のマブチモーターだ。創業当初における同社の主要な納入先は玩具業界であったが、顧客ごとにモーターを製造していたので多品種少量生産を強いられコスト高、しかもクリスマス商戦に受注が集中する季節性から雇用や品質の確保にも悩まされる。これに対してマブチモーターの講じた打ち手が、「カスタム製品をやらないと決めて、顧客ニーズの最大公約数的な標準モーターに専心する」ことであった。これによって、量産効果が働き、生産の平準化が図られ、雇用と品質も安定し、個別に対応していた時よりも大幅な価格の低下に成功して顧客からも喜ばれたという話である。

今日紹介するマニーも、「何をやらないか」がはっきりとしている企業である。創業者・松谷正雄さんのあだ名が由来のマニーは、外科・歯科・眼科の医者に提供する器具しか作らない。たとえば、外科手術の傷口を縫合するためのホチキス、歯根治療するときのダイヤモンドが先端についたバー、そして白内障手術で使われるメスなどが同社の代表製品だ。いずれも世界トップシェアの製品ばかり。実際、縫合用ホチキスの製品名である『マニプラー』は、絆創膏の分野における『バンドエイド』と同じくらい、医療業界ではデファクトスタンダードとなっている。参入する領域を絞り込み、「世界一の品質以外は目指さない」。競争戦略のイロハを愚直に守り続ければ収益性も自然とついてくる。2019年8月期の営業利益率は32.0%。同じ医療器具の業界に身を置くテルモ(営業利益率17.8%)、ニプロ(同5.6%)などと比べても抜きん出た存在と言っていい。

海外の生産拠点を選ぶ時にも「何をやらないか」が明確である。すなわち、人件費の安さで進出先を選ばない、また工業団地も選択しない。マニーの海外工場はベトナムやミャンマーにあるが、とかく人材の引き抜きが起こりやすい工業団地ではなく、主要都市から50〜60キロ離れた郊外にあえて立地している。その地域の優秀な人材を安定的に雇用することにより、微細で特殊な医療器具を生産するために必要な教育にじっくりと時間をかけることができるからだ。

「何をやらないか決めること」の重要性は何も企業に限った話ではない。個人に関しても当てはまるだろう。アイデンティティが先鋭化し、他者との違いが明確になり、結果として希少性が増すことになる。

さて、みなさんは何をやらないと決めますか?

無名の文章を読んでいただきありがとうございます。面白いと感じてサポートいただけたらとても幸いです。書き続ける糧にもなりますので、どうぞよろしくお願いいたします。