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No.22 『電機メーカー』 レコードの復活に見るインサイトの重要性

50歳代の知人男性がここ最近、昔懐かしいレコードで音楽を聴くことにハマっており、プレーヤーも新しく購入したと話していた。やはりデジタル音源とは音の広がりと深みが違うらしい。最新のプレーヤーはBluetooth対応なのでワイヤレスでレコードの音を楽しめるほか、USB端子を搭載しているのでパソコンやスマホに音を転送することもできるようだ。

レコードが復活している話を聞いたことはあるかもしれない。実際のところはどうなのか、日本レコード協会のサイトを調べてみた。「アナログディスク」がおそらくレコードを指していると思われるが、2018年におけるアナログディスクの販売枚数は106万枚で前年より33%も増えていた。プラス成長は4年続いており、アナログディスクの枚数が100万枚を超えたのは実に16年ぶりとしている。CDの販売枚数が1億5,000万枚であることを考えれば極めてニッチだが、視聴の形が音楽配信へ構造的に変化する中では注目に値しよう。

レコードの復活(やや大袈裟な表現か)という現象を日本の電機メーカーはどのように洞察したのか。レコードを再生するための機器の需要が再び膨らむと考えるのは自然だろう。ただし、単に昔のプレーヤーを復刻するだけでは能がないので、 BluetoothやUSBなどの「役に立つ」と思われる機能を付加することにした。結果として、ソニーのみならずDENON、ONKYO、YAMAHA、audio-technicaなど、忘れかけたAV機器メーカーも亡霊のように息を吹き返し、みながみな同じようなモデルを同じような価格で投入している。

メーカー各社は目先売れているからいいと思っているのかもしれない。でも、これではテレビやデジカメ、携帯電話とまったく同じ構図であり、大した差別化を図ることもできずに結局は価格競争に堕するだけである。

例えばこんなふうに考えてみたらどうか。レコードの復活で表象されるのは、山口周氏の言説に倣えば、「意味あるもの」への価値のシフトである。世の中はすでに十分すぎるほど便利になり、「役に立つもの」の価値が相対的に低下していると言っていい。使えるかどうか、ではなく、意味があるかどうか。必ずしも便利ではないが自分の人生に彩りを与えてくれるものにお金を払う。このように人々の価値基準が変わりつつあると洞察するならば、単にレコードプレーヤーを数万円で再び販売するのではなく、いっそのことこだわり抜いた部材をふんだんに使った蓄音機を数百万円で売ってみたらどうだろう。

このような思考方法は「具体と抽象の往復運動」と呼ばれたりする。具体的事象から純度の高いエッセンスを抽出しまた具体的事象へ降りる上下運動。顧客の価値観を洞察して仮説を構築し製品開発へ。収益力の向上が課題である日本の電機メーカーにとって、本質に深く切り込むインサイトを組織的に磨き上げることが差別化の源泉として重要ではないだろうか。

無名の文章を読んでいただきありがとうございます。面白いと感じてサポートいただけたらとても幸いです。書き続ける糧にもなりますので、どうぞよろしくお願いいたします。