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No.132 『ライオン』 獅子の疾走を待つ

「ライオン」の個人投資家向け会社説明会をネットで視聴しました。前回の「松風」に比べたら圧倒的に馴染みのある企業でしょう。トイレタリー・日用品の業界については門外漢のわたしにとっても説明会の暖簾をくぐりやすい。気楽な気分で感じたところを書いてみたいと思います。

まず印象的だったのが掬川正純(きくかわまさずみ)社長の声。聴き心地が非常に良い(別にソチラの趣味があるわけではありません)。音声配信のみの説明会だったので、聴覚に意識が集中する分だけ余計に美声が際立ちます。プレゼンテーションも実にうまい。原稿は用意されているのでしょうが、棒読み感のない自然な言葉が聴く者の心へ真っ直ぐに届いてきます(別にソチラの趣味があるわけではありません)。

どんなお顔の方かと調べてみました。声だけを聴いていたら「わたしの〜、お墓の〜前で」の秋川雅史。そして実際にご尊顔を拝見したら「渡る世間は鬼ばかり」の角野卓郎。というか近藤春菜。学生時代に山下達郎の写真を初めて見た時の衝撃に近いものがありました。とはいえ、掬川社長の風貌は威風堂々。勝手な想像ですが、厳しさと優しさの両面を併せ持つようなたたずまいが感じられます。

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ここでライオンの収益構造を確認しておきましょう。直近実績における連結売上高は3,500億円。主力事業はもちろん一般用消費材になります。全体の63%を占める構造に違和感はないでしょう。一方で海外の売上高は26%にとどまります。創業130年の長い歴史を持ちますが、海外市場の開拓にはまだ大いなる余地を残しているようですね。また、全社の営業利益率は直近実績で8.6%となっています。2012年の収益性が2.2%にとどまっていたことを考えると、高付加価値化への自助努力で儲かる体質へ着実に変貌しつつあるようです。

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ちなみに、上場しているトイレタリーや日用品の企業の中には、ライオンと同じくらいの事業規模が案外と見当たらないものですね。花王が1兆5,000億円、ユニ・チャームが7,000億円ですから。一方で、アース製薬が1,900億円、小林製薬が1,700億円。これだけの材料で軽々には言えないでしょうが、「あらゆる市場が二極化する」との経験則を前提にすれば、ライオンの業界ポジショニングはちょっと中途半端な感じがあるのでしょうか。質的な改善にはやがて限界が訪れるでしょうから、どこかで量的な拡大に向けた積極的なリスクテイクを決断しなければならないのかもしれません。業種こそ異なりますが、電波時計の投入による単価の引き上げで収益性を改善させてきたセイコーやシチズン時計が成長の岐路を迎えているのと似たような匂いを勝手ながら嗅ぎ取ってしまいます。

ライオンが手がける事業の中で、個人的に最も関心を引いたのはオーラルケア事業。一般用消費材のセグメントにとって最大の稼ぎ頭でもあります。「システマ」「クリニカ」「NONIO」のトリオで国内の歯みがきと歯ブラシのシェアはトップを占めるらしい(そういわれると、システマの電動歯ブラシを愛用してわたしも10年以上になります)。

「オーラルケア習慣の啓発と市場創造」に対して、春菜社長、いや掬川社長からはパイオニアとしての自負が感じられました。「歯みがき一日2回以上の比率は50年前の2割から今では8割。反対にむし歯の比率は8割から2割に低下しました。そして、ハミガキの市場規模はこの50年で5倍に膨らんでいます。

ライオンはテレビ番組を積極的に活用、『8時だヨ!全員集合』のスポンサーとなり、加藤茶さんに『歯、磨いたか?』と呼びかけてもらうことで小学生に歯みがきの習慣を定着させてきました」。なんということでしょう。ひょうきん族よりもドリフを愛したわたしにとって、「加トちゃんぺ」の呼びかけの背後にライオンの巧みな宣伝戦略があったことは新鮮な驚きでした。

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「オーラルケア習慣の啓発と市場創造」は当然ながら現在進行形のテーマです。ライオンの背中に追い風が吹いているのは、歯周病が単なる口内環境の問題にとどまらず、全身の健康にもマイナスの影響を及ぼすとの医学的なエビデンスが明らかになってきたことでしょう。例えば、歯周病を患っている人は糖尿病となるリスクが4.8倍、脳梗塞にいたっては8.5倍に高まるそうです。加えて、最近ではコロナの重症化にもつながりやすいといった報道をみなさんも目にされたことがあるのではないでしょうか。国内の人口は減少傾向にありますが、歯周病の予防を前面に押し出すことで歯みがきの高付加価値化を狙いたい考えといえます。

「市場創造」という意味では「『昼歯みがき』の習慣化」もチャンスですよね。ランチの後にトイレの洗面台で歯みがきする光景は今やオフィスで珍しくありませんが、それでも昼に歯をみがく人の割合はライオンの調査によると3割にとどまるそうです(そんなにいるのかとも思いますけど)。そこに勝機を見出す同社が投入するのは「MIGACOT(ミガコット)」。小林製薬を彷彿とさせるストレートさに、それこそチョコット可愛らしさも添えられたネーミングですが、商品自体はどう贔屓目に見てもいわゆる「歯みがきセット」であります。従来品と違いがあるとすれば、ケースの通気性が良かったり、ケースのキャップがコップに変わったり、あるいはケースが自立したりする点でしょうか。昼歯みがきの需要を見事に取り込んだと思われるパナソニックの「ポケットDoltz(ドルツ)」に比べると、残念ながらややインパクトに欠ける感は否めません。

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ライオンをフォローする証券会社のアナリストの投資判断は「中立」が目立ちます。収益性の改善による業績の安定感は評価できますが、バリュエーション的に特段の割安感はないとみられているのでしょう。「二極化の罠」から脱する胸躍るエクイティストーリーが待たれているのかもしれません。売上高の26%にとどまる海外市場の開拓が課題と言えそうです。獅子の力強い疾走を応援しましょう。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

(出所)ライオンホームページ、個人投資家向け会社説明会資料

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