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僕らのスキスキ読書クラブ #2 ~『遮光』~

課題本:「遮光」(中村文則、2004)

<演技と感情>

夜空「えっと、第二回僕らのスキスキ読書クラブをやります」
吉田「はい!」
夜空「今回は中村文則の『遮光』ですね。遮る光と書いて、『遮光』をね。やっていこうと思うんですが。えっと、どんな感じでした? 読んで幸福になる小説とそうでないものがあるとして、楽しくなったりとか、どうでした、読後感は?」
吉田「読後感……まあ、そうだよな、と思いました(笑)」
夜空「了解!みたいな感じですか?(笑)」
吉田「うーん、まあ明るくはないですよね」
夜空「でも、まあ主人公が虚言癖だってあらすじには書いてあるんですけど」
吉田「はいはい」
夜空「虚言っていうか……まあ、結構、突飛なことを言ったり行動したりする。それはその、読むひとによればリアリティがないっていう風に見えるかもしれないですけど、その点はなんか吉田さんは」
吉田「リアリティかあ」
夜空「現実に即しているのかどうか、むしろファンタジーなのか純文学なのかみたいな」
吉田「あんまりファンタジーとは思わなかったですけどね。まあ、なんかこう、程度の違いはあると思う。ここまで、こう……中村文則は虚言癖っていうか病的って言ってましたけど、こういうふうにポーズを取るみたいなのは分かるなって思いながら読みました」
夜空「あー。演技をするみたいなこと言ってるよね」
吉田「そう、演技をする。なんか、こういう行動をすればこう思ってくれるだろう、という動きをわざとするみたいな」
夜空「うん」
吉田「なんかでも、だれでもあることなんじゃないかって思うんですよ。だれでもっていうか、わたしは結構あるなーって思いながら読みました」
夜空「他人の反応を先取りしながら行動するっていうことだよね」
吉田「そうですそうです」
夜空「ま、でもそうね。えっと、かなりでも暴力的っちゃあ暴力的だよね、なんか。全体として」
吉田「そうですね。でも暴力が一番分かりやすいじゃないですか」
夜空「あーなるほど」
吉田「こう、なんか……なんだろうな、自分の行動とまわりの印象が一致する感情って怒りじゃないですか? なんか笑ってたりすると、本心って分からないけど、でもこう……だからこそこの主人公はすごく、まわりの印象を操作するために、怒りを表現しているのかなって思いました」
夜空「まあ、なんか基本的に混乱してるよね、主人公は。」
吉田「そうですね」
夜空「なんか、あの浜辺のシーンで、主人公と友だちの男がトイレに行って、戻ってくるときに、友だちの女の子ふたりがナンパされてるんだよね。で、主人公は怒るんだけど、怒る……のかな? まあ殴ったりするんだよね。木の棒を持ったりして。で、なんのためにこんなことをやってんのか分かんないけど、殴ってるわけですよね。だから主人公自身も、自分が怒ってるのかどうか、もうよくわかんなくなってて……なんか自分の感情を把握してないっていうか。それで、やりすぎてるんだよね」
吉田「そうですよね」
夜空「なんか殴りまくっててさ、なんか男友達に『もういいだろ』って止められるっていうシーンがあるんだけど。一歩間違えれば殺しかねないところまで……。あれも……他人の視線っていうのもあるけど」
吉田「はい」
夜空「怒ってることにも快楽を感じて、気持ちよくなっていくんだよね」
吉田「あー」
夜空「自我を忘れて、何が何だか分かんなくなって、その気持ちよさに身をゆだねていくっていう」
吉田「そう、なんかでも感情を……あ、これいま自分、感情あるなっていうのが、怒りだと分かりやすいから、気持ちよくなってるんじゃないかなと思いました」
夜空「あーそうだね……。基本的にその、恋人が死んじゃってるわけだけど、なにをやってもどうしようもない不能感みたいなものが、主人公の思考の全体にあって、それにまとわりついてて、だからその……なにかをする”フリ”とか……怒りとか喜びとか……んーなんだろ、その場に即した感情に身を任せると、その不能感が一時的にではあれ、緩和されて、感情あるよって感じになって、っていうのはあるかもしれないですね。いい気持ちになるっていうのは」
吉田「なんか、分かるなってすごいあって。これ自分の話なんですけど」
夜空「うん」
吉田「なんか自分がめちゃくちゃお腹痛いときとかに、痛すぎて、ほんとに痛いのかなって疑い始めるってのが、よくあるんですよ」
夜空「痛すぎて?」
吉田「なんか自分のうしろにいる自分が、『それほんとに痛いの?』って思い始めるときがあるんですけど。そういう感じでこう、分かんなくなってるときって、こう自分が、その痛みとかって、自分にしか分かんないじゃないですか。だれかが証明してくれるものじゃないから。だから、敢えて痛がってみるっていうか、まわりに向けて証明する動きをわざわざする」
夜空「ああ、それを見たらまわりが証明してくれるっていうか」
吉田「そうそうそう」
夜空「『あっお腹痛いんだね』って言ってくれることによって、それを信じられるというような」
吉田「そう。ってことがあるなって思ったから、なんか自分もそういうのがあるなって思いました」
夜空「あー、五感に対する不信感っていうか、信じられなさみたいなところだよね。曖昧さっていうか」
吉田「そうですね」
夜空「すごい、その、主人公も曖昧なんだよね。なんか、キャンセル行為っていうか。たとえば、『私はなにかを投げた』で、『私はそれを投げたいとは思っていなかった』みたいな、打ち消すのが、かなり繰り返されてて、だからそこにはその、意志と行動の不一致というか、なにかをしようとしてそのなにかを為すというバランスが失われちゃってるんだよね」
吉田「あ、なんか、だんだんこう、全体の構造としてだんだん崩れていくというか、だんだん押し潰されていくじゃないですか。その分からなさに主人公が。で、全然関係ない……なんだっけな、なんか……『部屋の上に英語の辞書があったような気がする』みたいなとか、なんか全然話と関係ない描写があるのがすごい面白いなって思いました。あんまり、ないですよね、小説で」

<文体のリアルさ>


夜空「あー、なんかあの僕は中村文則って非常に好きな作家なんだけど、初めに読んだのがこの『遮光』なんですよね。だからすごい衝撃を受けて、たとえばその虚言癖が書かれてるとして、たとえばその病院だとか保護センターみたいなのがあって、そこの職員が主人公で虚言癖をもつ青年と対する、相対するとか、つまり治癒する立場の小説だとか、あるいは恋人が虚言癖をもってるとかね。で、虚言癖の恋人に振り回されてなんかちょっと傷ついたりしてますけど、頑張ってよりよい未来へやってますみたいな(笑)。なんかそういうのだったら小説としてよくあると思うんだよね」
吉田「はいはいはい」
夜空「だけど、これそうじゃなくて、すごいその青年の見たままを書いてて。で、だから一見関係ないような描写が出てくるってのも、演技とか自分の不能性とかにバーっとパニックになってるときに、それがフッと止んだときに、それがパッと目に入ってくるものっていう、その一瞬だけ現実が飛び込んでくるみたいな。だからすごいリアルだなって思って」
吉田「うん。すごい面白かったんですよね、なんか」
夜空「そう。読んだことないなっていうのがあったんですよね。ただ、その、主人公の暗い心情がベースにして話が進んでいくけど、短い文章が続いているからか、軽妙な語り口というか、軽いっていうか読みやすいんだよね。重い、沈鬱な地の文ではないっていうか」
吉田「そう。だからこそ、こう、どうしようもない感じがすごい伝わってくる感じがしました」
夜空「なんか普段生活してて、その、いわゆる重たい本とかにありがちな……文学的表現とかって身体的にはあんまり思わないよね。いますぐには思いつかないけど……あるじゃないですか、硬い文章の……なんか『無限の静寂の内に』なんとかかんとかみたいな……」
吉田「あーはい」
夜空「そういうのじゃないよね」
吉田「そうですね。なんか、普通に現実というか」

<憧憬と崩壊~さえぎるひかり~>

夜空「そうそう。そうなんだよね……。えっと、典型的なものへの憧れっていうのが主人公にあって、なんかさあ、ドラマで見たセリフを恋人に言いたかったんだよね。美紀に」
吉田「うん、そう」
夜空「で、それそのまま……。まあ、恋人が旅行に行った先で事故に遭うんだけど、帰ってきたらこんなことを言おうと思ってたって喋る場面があるんだけど、ほんとになんかさ、ドラマにありそうなセリフなんだよね」
吉田「うんうん」
夜空「えっと、45頁にあるけど、『まず初めに温泉にでも行こう。ほらいままでどこにも泊まりに行ったことなかったから。そして、その頃は俺もどっかに勤めてることになってるはずだから。今よりも少しだけ大きなアパートを借りて、また一緒に暮らそう。お前、猫好きだったよな。だから、動物を飼えるようなアパートを探すんだ。大丈夫だよ。俺、ちゃんと働くし』とか、まあなんとか。で、普通の小説に書いてあるのはこういうことなんだよね」
吉田「そうですね」
夜空「でも、この主人公は一人で喋ってたり、後半ではちがう女の子にこれをそのまま喋ったりするんだよね。これ、虚言癖じゃないんじゃないか、とすら僕は思うけど」
吉田「ちょっとなんか引っかかる言い方ではありますよね。虚言癖だと」
夜空「そう。嘘っていうか、それっぽい言葉をそのまま、別の場面で言っちゃってるっていうか。でも、どうなんすかね、これ……友だちとかいるじゃないですか、ケンジとか」
吉田「はい」
夜空「シンジさんとか、恵美とか郁美も。周りの人いるんだよね」
吉田「そうですね」
夜空「だからなんだろ、全然ちがうことを主人公は、その場にそぐわないことを言ってるけど、なんとなく共同体は、っていうか存在はまわりから認められてるっていうか」
吉田「なんかそれこそ遮光っていうか、遮ってるんじゃないですか?」
夜空「遮ってる?」
吉田「こう、周りから……周りとのつながりを遮ってる。それでなんか、遮光なのかなって風に私は思ったんですけど」
夜空「あーなるほど。主人公が遮ってしまってる……て感じだよね。よく離れていかないなって思うんだよね。」
吉田「笑」
夜空「電話してくれたりするじゃん。まあ、周りもヤバそうっちゃあヤバそうなメンバーなんだけど。ケンジとかね、気にかけてくれてるしね。すごい優しいよね」
吉田「優しいですね」
夜空「主人公、だって後半ヤバいもんね」
吉田「そうですね」
夜空「ケンジと付き合ってるらしい恵美って女の子がいて、その子のことを悪く言ったりするんだけど、まあ、そのセリフも他の人が言ったセリフをそのまま言ってるんだけど、でもケンジとかはさ、『お前ちょっとどうかしてるよ』みたいなさ、一回殴りはするけど、なんかすごい優しいなって……。ありうるんすかね、ああいうのは?」
吉田「えーどうなんだろう」
夜空「すごい信頼されてるよね、なんか。信頼っていうか……」
吉田「これまでなんか普通にうまくいってたというか、やっぱその……どうだろうな。恋人が死ぬより前もうまくいってなかったのかな」
夜空「結構微妙なとこだよね」
吉田「そうですね」


<喪われた母性と父性>


夜空「その、恋人の死があって、主人公が変わっていったのか、それ以前もそうだったのかっていうのは、あんまり明らかにされてないとこだよね」
吉田「うーん。ま、でも、両親の死の話もあったじゃないですか。おじさんとおばさんに引き取られて、で、そこにおじさんになんか言われるんですよね。えっと、不幸っていうことを……『あっ、この子(孤児=主人公)は不幸だって気がついて、不幸を乗り越えさせようとする人がいて、それをあなたは鬱陶しく思うかもしれない』みたいなことを言うんですよね」
夜空「うん」
吉田「そう、だから『乗り越えたふりをした方が、いいよ』っておじさんがアドバイスするんですけど、それが結局、その子を封印しちゃったというか……って感じなんですよね」
夜空「そうだね。本心を隠すようになるんだよね」
吉田「うん。なんか、そっから、ずっと続いてて、で、こう、恋人が死んでしまって、さらに加速する。……みたいな感じなのかなあ」
夜空「なんか、思ったのは、その、たぶん『その場その場でいい顔をする』っていうふうになってたんだよね。そのおじさんからの助言によって。それが恋人の死によって、その場その場でいい顔をし、いいことを言ってた。それが本心じゃなくても成り立ってたと思うんだよね。だけど、恋人の死があって、バランスが取れなくなって、ちがう場面ではふさわしかったことを、ふさわしくない場面で言ってしまうようになってしまった。そんな感じがしましたね」
吉田「はいはい、そうですね……なるほど。確かに、そうかも」
夜空「で、元々その、おじさん(両親の死後、最初の引き取り手)に言われる前の自分っていうのは、両親は死んじゃってるんだけど……なんだろうな、その……落ち込んでないし、両親はどっかで生きてると思ってるし、その上、(死んだ両親の)髪の毛とか爪とかを集めてるんだよね。で、それをおじさんに捨てられて、『その場その場でいい顔をした方がいいよ』ってことを、アドバイスを受けるんだけど、まあ結局、髪の毛とか爪とかを集めてる習性ってのは、やっぱ封印してても変わってなくて」
吉田「そうですね」
夜空「だからその、指を持ち歩くっていうのと、つながってんだよね」
吉田「はい」
夜空「だけどね、おじさんは髪の毛とか捨ててくれたわけだよ。だからほんとは瓶を捨てて欲しいと思ってるんだよ、主人公は」
吉田「そうですね」
夜空「誰かにね」
吉田「うーー、難しいですね」
夜空「瓶の指と一緒にいたいって思いもあり、もっと奥では、でもそれも捨てて欲しいっていう、ないまぜになってる感じがすごいあるかなと思いました」
吉田「やっぱ、あれですね。悲しかったら悲しいって言わなきゃダメってことですね」
夜空「あー大事なことですね。あ、主人公がさあ、悲しくなるタイミングっていうのがあって、あの、演技を見破られるとき悲しくなるんだよね」
吉田「うんうん、なるほど」
夜空「あれ、シンジさんだったかな」
吉田「一回言われちゃうんですよね」
夜空「たぶんね、二回くらいあったと思うけど」
吉田「うんうん」
夜空「なんか、どうしようもなく悲しくなった、みたいな。恋人の死とかにはそれほど見せてない悲しみをそこで見せるっていうのが、すごい、あの、太宰治の『人間失格』の場面を思い起こさせる」
吉田「ああ、うん」
夜空「あの、有名な、同級生かだれかに、いわゆる『わざ、わざ』って言われる場面。それはちょっと近いものがあるかなって気がするね。その場その場の演技も見破られちゃうみたいなね」
吉田「そうですね。仮面の裏側を見られちゃったみたいな。ピエロじゃなくなっちゃう」
夜空「そしたら、どうしたらいいかわかんなくなっちゃう」
吉田「そうですね」
夜空「あのー、結構だから、道化的な部分もあるので、なんかもう、逆に滑稽になっちゃってるとこもあったりするんだよね」
吉田「はい」
夜空「あの、瓶をさ。電車の中で落として、蹴られたりしてて」
吉田「ああ~、あそこもう、なんか。ああああってなっちゃいましたね」
夜空「ヤバいよね、あそこね。瓶をようやくさあ、手に取ってさあ、普通ならもうとなりの車両に逃げればいいのに、あの、『こんなもの捨てた人はだれなんだろう』って言うんだよね」
吉田「そうですね(笑)」
夜空「『こんなもの捨てたらダメですよね』って同意を求める感じで言うんだけど、全然周りから受け入れられないみたいな。だからシーンと静まり返ってしまう場面があって。で、あと最初の方で、煙草を隣のテーブルに投げたりしてんだけど」
吉田「あーそうですね」
夜空「郁美っていう女の子が襲われたって話をしてんのに、『そりゃすげえな。貴重な体験だよ』って言うんだよね」
吉田「ふふふ(笑)」
夜空「だからもうおかしいよね。突き抜けちゃってる感じがすごいあるね」
吉田「そうですね」
夜空「中村文則はどうですか? 好きな作家ですか、苦手な作家ですか?」
吉田「んー、まだそんなに読んでないけど、うーん、どうだろ、なんか得体の知れない者を書いてるから、なんか、こう、すごく好きになるっていう感じはちょっとまだ分かんないんですけど」
夜空「得体が知れない……その暗いところからやってきてますよね」
吉田「うん、そうですね」
夜空「まあサスペンスとしても読めるし、まあ映像化ももちろん中村作品はされてるけど、でもこういう過激なのも……過激っていうか純文学なんですよね、そこがいいなと思いますけど」
吉田「うんうん、そうです」

話者紹介

吉田(@_love_hate___):愛ほど歪んだ呪いはないよ

夜空(@yorui_yozora):それもまたSweet Daysわね...



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