ラジオに人生救われた話
小学生の時、サンタクロースの実態を知るきっかけとなったのは、卑屈にもお母さんの車から流れるラジオでした。
子どもながら「ラジオは現実を知る世界なんだ」と、開けてはならない扉を開けてしまった感覚になったのを今でも覚えています。
そんなこともすっかり忘れた中学校3年生の受験前には、基礎英語というNHKラジオを聴いてから学校へ行くのが日課になっていました。
それから約10年。
社会人として数年働き、転職面接を翌日に控えた夜、緊張からめずらしく眠れずにいたそんな時、ふと思い出したのが10年ぶりのラジオだったのです。
初めて聴いたオールナイトニッポン。
暗闇で目を閉じて聴いていても、エピソードトークの情景が目に浮かび、思わずひとり笑ってしまう。不安で孤独な夜がどんどん明るい気持ちで満たされていく。なにこれ、とにかく話が面白い。
初めてラジオに出会ってから約10年もの間で、「ラジオは現実を知る世界」から「勉強もできる世界」、そして「なんでもない日常を面白くできる世界」へと認識が広がった瞬間でした。
ラジオのおかげもあり、転職活動も絶好調。
ついに念願の会社から内定をもらい、田舎から夢を追いかけ、意気揚々と上京したのでした。
ところが、住む環境、仕事内容、関わる人達など、世界が180度一変した上、思いがけない激務の日々が続き、さらに、なにをやっても上手くいかない。身体も心も悲鳴をあげる毎日が続いたのです。
あれ?こんなはずじゃなかったよな?!
どれだけ頑張っても報われないことがこの世にはあるのか?!上京の選択肢はもしかして間違いだったのでは?!と思いながら、東京of東京に位置されたオフィスタワー25階から見える2大タワーは虚しさを増すばかりで、帰り道、深夜でも明るい商店街の中をひとり泣きながら帰ったことは幾度とありました。
そんな時に励まされたのがこちら。
※最初の方は音声が途切れているかも
数年前に聴いたので、当時は既に売れっ子の千鳥さんでしたが、東京進出して間もない頃は、なんと「東京にハマっていない」と言われていたのです(今となってはシンジラレナイ!)
最初はみんな苦労するものなのか、、、
東京進出後の千鳥さんを同郷から上京ほやほやの自分の状況に重ねて、「千鳥さんみたいに、いつかは周囲から評価をされて、仕事でテッペンまで上り詰めてやるんだ!!!」と、自分を鼓舞できるメンタルまで持っていってくれたのが、ラジオand千鳥さんだったのです。
(+聞き馴染んだ方言を聞いてほっとしてたなあ)
夢を叶えた者の同郷代表として今も尊敬せずにはいられず、ほかにも同郷出身の東京進出者をテレビなどで見ると、無条件で応援したくなる!
うん!みんな、でぇれぇ頑張っとる!!!!!
そして、それ以来、どんな時でもラジオはいつだって私の味方でした。
仕事で失敗をして落ち込んだ日も、骨折して泣いた日も、コロナ禍で誰とも会えない日が続いても、休日に一言も話さない日があっても、ラジオがあれば笑えるし、なんてない1日も楽しかった1日になる。
悲しいことがあっても、こうやってネタにしちゃえば前を向けるのか、とか、考え方の勉強までさせてもらった。ラジオのパーソナリティから、直接、頑張りましょう、なんて言われたわけではないが、聴いた後はなぜだか元気になっている!
(せーの)
ラジオって最高じゃがん!!!!!!
気付けば、radikoのプレミアム会員になり、エリアフリーで全国各地のラジオを聴き漁り、朝の帯ラジオからちょっとみなさんには言えないくらいのド深夜ラジオまで聴くくらいになりました。
朝起きた瞬間から、時には夜寝落ちる瞬間まで。
Bittersweet Sambaをプレイリストに入れるくらい。あ、これはチャレンジをしなくては、と思う時にはデンジャー・ゾーンを脳内再生させて。
ちょっとハガキ職人にも手を出して。
このように、ラジオと私の生活はもう絶対に切れることのない関係性にまでなっていったのです。
そして、ついに先日リリースされた、令和最強のアプリがこちら。
感涙。最高。ありがとうニッポン放送様。
職業柄、このアプリの開発にとんでもない時間と労力とコストがかかっている事、いくつもの厳しいコンプラを乗り越えた事が容易に想像できるので、夢を形にしてくれたエンジニアの皆様には感謝。
あー!聴く時間が圧倒的に足りない!!!
と、こんな感じで、これからもラジオと二人三脚、東京生活を頑張ろうと思うのです。
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