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クライマックスオフィス (短編小説)

「あー、ちょっとさー、これちょっと間違ってるんだと思うんだよね」
 江原部長は中田さんを呼び出し、皆にも聞こえるよう大きな声を張り上げた。
「だいたいさー、若くてかわいい子だからって会社に甘えてないかな? あのさー、ここ学生さんのサークルとかじゃないから、そういうの通用しないの」
「はい、すみません」
「謝ればいいってもんでもないし、社会じゃ通用しないよって教えてあげてんの!」
 中田さんは泣きそうになっている。
「あのー、ちょっとすみません」
 わたしはデスクから立ち上がり、二人の間に割って入った。
「さっきのセクハラだと思うんですよね」
「あ、なに?」
 眉間にしわを寄せ、江原は分厚いメガネ越しに睨んでくる。
「若くてかわいい子とか言ってましたよね。それ、もろセクハラですよ。それにさっきの恫喝みたいな言い方はパワハラです。セパ両リーグ制覇ですね」
「は? なに言っちゃってんの、猫飼さん」
 わたしは胸のポケットからスマホを取り出した。
「口のきき方には気をつけてください。ばっちり撮ってますから」
 すると、江原の顔つきが変わった。
「おっと、怖い怖い。訴える気?」
「それは部長次第ですね。とりあえず中田さんに謝ってください」
 わたしは江原の顔をじっと見据え、そう言い放った。
「ごめんごめん、言い過ぎた。これでいい?」
「よくないですよ。ぜんぜんよくない。心がこもってないし、謝る気ゼロじゃないですか」
「猫飼さん、もういいって」
 中田さんが泣き顔でわたしに訴える。
「土下座してください。中田さんに。セクハラもパワハラももう二度としません、と」
「いや、だからいいって」
「どげざぁ? なにそれ、半沢直樹? おっもしれえこと言うねえ」
「ふざけないでください。証拠はあるんですよ。いいんですか?」
 中田さんはもはや迷惑そうだったが、このままではわたしの気が収まらない。
「おう、んなもん証拠でもなんでもねえよ。出るとこ出たろうか」
「あー、言いましたね。知りませんよ。首飛んでも」
 すると、江原は笑い始めた。
「お前ふぜいのペイペイが俺の首飛ばせるってか。面白ぇじゃねえか」
「あ、はい。いいのいただきました。パワハラメーター120パーセント。これもうホームラン級ですね。でも、もっと言いたいことあるんじゃないですか。もう言っちゃってくださいよ」
 そう言ってわたしはスマホを奴の鼻先に突き付けた。すると、江原は何かを言いかけて口ごもり、それきり黙り込んでしまった。
「あれ、中田さんへの謝罪は? 心からの謝罪はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか?」
 近くにあった机を拳でバンと叩き、江原は足を踏み鳴らしながらオフィスを出て行った。
 よっしゃ、やっつけた。悪代官を成敗してやった。
「中田さん、良かったね。あいつ、めっちゃブチキレてたよ」
「……ああ、うん」
「顔真っ赤にして、机バンって子どもやん!」
 もうわたしとしては愉快でたまらない。
「ペイペイだって。昭和かよ。いまどきペイペイはキャッシュレス決済だっつーの。ああいうやつ、まじで人間としてゴミだよね。部長だかなんだか知らないけど、偉そうに」
「いや、私が悪いんです。こんな簡単なミスをしてしまって……」
「でもさ、言い方が悪でしょ。あんなのいくら正しいこと言ってたとしても悪だよ。セクハラ&パワハラ。合わせ技で、はい、一本!」
 はっきり言って、もう中田さんは関係ない。これは江原とわたしとの闘いだ。
「いや、どんな手で来るか楽しみだねー。こっちは女だからさ、セクハラって言ってたら最強だよね。どんな男でもセクハラって言われたら、もうそいつ犯人で犯罪者なわけだしさ」
 オフィス中に聞こえるよう、声を張り上げていた。
「へんな部署に異動とか契約打ち切りとかしてきたら、これはもう自白か自首してるようなもんでしょ。そっこー文春行きだよね。出るとこ出るしかないよねー」
 あぁ、楽しみだ。あいつがどんな顔をして明日出勤してくるか。どんな顔でわたしの顔を見るか。嘲笑ってやる準備は出来ている。鼻で笑うか嘲笑うかだ。あいつのプライドをずたずたに引き裂いてやる。

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