シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~ⅸ

前回記事

【 犬村は口を拭って袖口についた血を見、顔をしかめた。「どういうこと」
 彼女は高く持ち上げられた鬼の片腕を踏み台に、今や大きな繭を形成したもう一方の腕に飛び乗った。繭は少したわんで彼女を受け止める。その間、鬼は硬直して動かなかった。高所から見下ろし、犬村は朗を認め胸をなでおろした。すぐ下まで来た朗は彼女に向けて手を伸ばし降りるよう促した。
「犬村、大丈夫なのか。さっきまでぐったりしていて俺たち心配したんだ」
「大丈夫よ、ありがとう。実は私にもよくわかっていないの。木地川と〈ハシカベ〉まで辿り着いたところから記憶が曖昧になっていて」
 話を続けようとする彼女を遮って木地川は咳き込み咳き込み訴えた。
「とにかく早くここから逃げないと。鬼の奴らがすぐそこまで来てるんだ」
 彼の背中をさすり肩を組んで立ち上がらせながら、猿野は青い顔でにやり笑って言った。顎で固まったままの鬼を示す。
「我らが女王陛下はこの通り神通力をお持ちだ。陛下、あいつらも手懐けてはくれませぬか。我ら下々の者をお救い下さい」
「もしそんなことが可能だとしても猿野、あなたは希望を捨てることね」
 朗に受け止められ地表に降りた犬村は蕩けるような笑みを彼に向けた後、冷ややかに猿野を睨んだ。
「二人共何してるんだ。さあ」
 四人が走り出したのを見計らったように鬼が再び動き出す。人型に戻り……。
 戻り切らないうちにそれは集団に飲まれてしまった。いや、もはや集団と呼ぶことは適当でない。一集合体となった鬼は針金を無造作に絡み合わせ自然グロテスクを現出せんとする。縦に長く伸びる屈曲自由の体、それを支え地面を這って前進させる無数の足、触角を模して頭部についたうごめく腕。鋼鉄の百足に似た巨大な疑似生命体は本能たるプログラムに従って朗たちの追走を開始する。】

第九回

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「昔々、鬼ヶ島におじいさんとおばあさんがおりました」
 朗のいる教室では、クラス替えが行われる度に決まって誰かがそう語り始める。この「昔々~」という語り出しを誰が考えたか知る生徒はいなかったが、それは不思議としっくりくるようでみんな「昔々~」と朗の噂を語り始めるのだった。「昔々」は朗の成長にしたがって八年前を示したり、十二年前を示したりした。
「おじいさんは毎日どこかへ出かけていき、おばあさんは毎日おじいさんの持ち帰ったもので丸い団子を作っていました」
 その日休み時間になって声を張り上げたのは赤鼻の少年だった。ちょうど授業参観が終わったばかりの時間、彼は噂が真実味を帯びる最も効果的なタイミングを選んだのだった。自分に注がれるクラスメートの視線が気持ちよくて、彼はより饒舌になっていく。
「ある日、おばあさんはまだ太陽が点灯する前に目を覚ましました。いつも起きる時間は早かったのですが、その日はまた一段と早く起きてしまったのでした。何か良いことがありそうだという予感がしたのです。おじいさんは昨夜家に帰ってきませんでした。そういうことは時々あったのでおばあさんは心配していませんでした。この時は帰りの遅いことがむしろ吉兆の前触れのような気がしておりました」
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 やっと桃太郎らしくなってきましたね。私も少し安心しています。笑

※『イジン伝~桃太朗の場合~』第1回はこちら。

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