シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XXI

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【 揺さぶる腕がさらに激しさを増して木地川はか細い声で猿野に助けを求める。猿野はじっと床を睨んで自分を見返す瞳孔の開いた少年の顔に集中した。リノリウムにぼんやり映った彼自身の顔だ。乳白色の薄汚れた床に彼の目がらんらんと光っている。よく見ようとしているみたいにゆっくり彼は屈んでいってついに膝を胸に抱いてしまう。「答えてくれ」と繰り返す男の必死な声も「助けて」と繰り返す木地川の小さな叫びも気にならなくなっていく。自分だけ、自分だけ、自分だけ、自分だけ……!
「ちょっと。あなた何してるの」
 自分の方へ向かってくる気配にぎょっとして猿野が振り返りざま退く。自分の母親より幾分若い、男と同年代の女が猿野の傍を通り過ぎて木地川と男の間に割って入った。床よりなお白く光を吸い込んで内側から光るような女の腕が男の肘辺りを掴むと、暴れていた男は急に萎んだようになって木地川を放した。強い力を宿していた目は焦点を失って女から木地川、彼自身の腕をさまよった後静かに閉じられる。嗚咽をこぼす。しばらく経って涙が流れた。彼の目はそれほどに乾いていた。】

第二十一回

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 堰を切ったように泣き続ける男に寄り添って昇降口から帰る女は細い腕を彼の背中に回してゆっくりとしかししっかりとした手つきで撫でていた。背中を丸めて体を引きずるように歩いていく男と背筋を立てて凛と前を向く女とは対照的だった。男が言うようにあの女性が間もなく死んでしまうとは猿野には信じられなかった。
「命の強さと心の強さってもしかしたら別のものなのかもしれないね。生きようとして生きるのは死ぬと分かっている人ばかりだもん。猿野くんはどっち」
 木地川が乱れた制服を直しながら猿野に笑いかけた。目尻に涙の跡は残っていたがけろりとしている。「あの女の人はもうすぐ死ぬんだろうね、本当に」
 あれほど泣いていた木地川がこと死に関することは易々と語ることが納得できなくて、そしてまだ自分の手は力が入らないのが悔しくて、猿野は隣に座る彼を床映しに見た。
「お前はどうなんだよ。お前の方が俺より強いとか言うのかよ」
「弱いよ。うーんと弱い。さっきだってすごく怖かったんだ」
 いつの間にか床の反射の中で二人の目は向き合っていた。猿野が逸らそうとすると
「でも、死ぬのは分かってる。もうすぐね。なんとなくそんな気がするんだ」
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書く環境を変えるっていいですね。数時間でも図書館で書くようにしたら新鮮な気持ちで取りかかれました。いい発見。

※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(I-VII)はこちら

※※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(VIII-XIV)はこちら

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