シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~ⅱ

前回記事

【朗(あきら)は今、「最高」に人生を謳歌している。
 十四年の生涯で今日は絶対に忘れられない一日になるだろう。
 なぜなら、こんな遊びは彼にとって「最悪」だからだ。

 数メートルの距離に追手を背負い、薄暗い路地を右へ左へ駆け抜ける。「彼ら」の足音と追手の硬質な接地音が静寂の中で虚しく聞こえている。
 火照る肌と悲鳴をあげる内臓の外側で、彼の意識は不気味なほど明晰であった。彼の脳内にはあの「針金人形」を振り切るための意地悪い発想が炭酸飲料の気泡のように次々と浮かび上がってきていた。突破口を探して絶え間なくサッケード運動を繰り返すその目には人を嘲る冷たさが染み付いている。ふと喉の乾きに気づいて彼は喉を鳴らす。
 世界の外れ。ここは生涯日の目を見ない存在の住む場所だ。朗たちはここ数回の冒険でそれを知っていた。
 窓と窓の間に架け渡された竿には干された生乾きの派手な衣装や下着。昨夜ビルに入ったきり出てこなかった人々、いつの間に干したのだろう。
 それを手当り次第ばらまいて、入り組んだ路地を右へ、突き当りを左に曲がった時、朗はすぐ先の路地、右側から飛び出してきた白い影とニアミスして倒れ込みそうになった。反射的に朗はそちらを睨む。影の方は壁につんのめるようにして体を立て直した。
「おっと」朗の胸を支えて体勢を戻してやった白い影はそのままランデブーする。そのフードが外れる。つんとやや上を向いた小さな鼻が真っ赤だ。彼は赤いラベルの瓶を持って走っていた。「飲むか」突き出された瓶は追手の一撃で粉々になる。】

第二回

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「残念だったな。木地川と犬村はどうした」
 朗は飲料で汚れた顔を袖で拭いながら尋ねた。動じている様子はない。
「どうせあいつらは――」赤鼻の少年は指についた飲料の飛沫を舐めて
「とっくに逃げて物陰で震えてるんだろうさ。ひと仕事後の炭酸は格別だってな」彼は窓際から掴み取った青いブラジャーで腕を拭き、投げ捨てた。「常温じゃ、やっぱりぬるいな」
 朗は同意して後ろを振り返る。そう、針金人形は間を置かず追って来るものの、決して彼らに触れることはない。現実に戻された虚脱感が彼の動きを鈍くした。
 二人は徐々に速度を落としとうとう立ち止まる。朗は懐から例の瓶を取り出して瓶口を割る。中身が吹きこぼれ彼の足元で薄茶色に広がった。
「猿野、台無しだな」
 赤鼻を一擦りした猿野は朗から瓶を奪い取って残りを飲み干す。
「もういい加減わかっただろ」しゃっくりを一つ、それから笑った。
「初めからそうだったのさ」
 そう言って猿野は瓶を後ろへ放った。「またなんか面白いこと探そうぜ」
 瓶は宙で二度回転し針金人形に当たって砕けた。
 二人を追ってきた二体はもう微動だにしない。数十本の金属繊維が編み紐状に組まれた人型。細いが大きな体躯に突起付きの小さな頭部を備えた不格好な棒人間。それが今、数メートルおきに並び腕を広げて立っている。人々はそれらを「鬼」と呼んでいる。
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再び日付を越えてしまった。まだまだ続く。

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