シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~ⅷ

前回記事

【 木地川が朗たちに気づいて叫び、二人は再び走り出す。朗たちは何か言おうと口を大きく開けているが木地川に聞いている余裕はなかった。彼は更に大きな危険が背後へ迫っていることに気づけなかった。
「助けてくれ。犬川が急に血を吐いたんだ。そしたら鬼が。ああ」
 彼の見上げる先で犬川が鬼の腕に、針金の中に包み込まれようとしていた。網状に変化した腕が大きく広がって犬川の周りを覆い少しづつ収縮しつつあったのだ。木地川は悲鳴を上げたままそれを阻止しようと懐にあるものを投げた。ペン、メモ帳、飴玉、棒状の携行食糧、中身の入ったガラス瓶……。とにかくあるものを尽く全て。
 金属質の体はそれらを防ぎ、弾き、割った。どれも鬼を止めることは出来なかった。木地川は飛び散った炭酸飲料を被り崩れ落ちた。甘ったるい雫が彼の髪と顎から滴り落ちる。もう諦めるしかなかった。だっていくら考えたってなす術がない。犬村を救う力も知恵も僕にはない。朗たちもまだとどかない。
 そこへ声だけがやっと彼の元へ辿り着いた。朗たちがそこまで来ている。「木地川、後ろ」
 振り向くと、援軍だった。木地川は目を見張り反射的に立ち上がった。体が震えていた。ひとりでに笑みがこぼれてしまう。圧巻の迫力でこちらへ進んでくる。百鬼夜行。これで、終わりだ。
 数十体の鬼が甲高い不協和音を轟かせてすぐそこまで迫っていたのだった。見てくれまで化け物となった鬼たちが我先にとやって来る。絶体絶命という表現さえ、とっくに振り切っていた。
「へらへら笑ってないで私を助けなさいよ」
 唐突に、犬村の棘のある口調が聞こえた気がして木地川は自分の正気を疑った。とうとう僕は気が触れたらしい。今なら鬼を蹴り飛ばす犬村の幻が見えるかもしれない。それはちょっと見てみたかったかも。彼はつと上を見て、不意に溺れそうになった。大量の生温い液体を何者かにかけられたのだ。「目、覚ましなさいよ」
「あんたのせいで私、起こされたんだから。久しぶりに気持ちよく寝てたのよ。炭酸、顔にかかったじゃないの。お返しよ、せいぜい肺いっぱいまで飲むことね」
 木地川には滲んでその姿がはっきりとは見えなかった。しかしもう彼はそれを幻や幻聴だと思えなかった。「さあ、反撃開始よ」
 そんなセリフ、木地川には想像すらできなかったからだ。】

第八回

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 犬村は口を拭って袖口についた血を見、顔をしかめた。「どういうこと」
 彼女は高く持ち上げられた鬼の片腕を踏み台に、今や大きな繭を形成したもう一方の腕に飛び乗った。繭は少したわんで彼女を受け止める。その間、鬼は硬直して動かなかった。高所から見下ろし、犬村は朗を認め胸をなでおろした。すぐ下まで来た朗は彼女に向けて手を伸ばし降りるよう促した。
「犬村、大丈夫なのか。さっきまでぐったりしていて俺たち心配したんだ」
「大丈夫よ、ありがとう。実は私にもよくわかっていないの。木地川と〈ハシカベ〉まで辿り着いたところから記憶が曖昧になっていて」
 話を続けようとする彼女を遮って木地川は咳き込み咳き込み訴えた。
「とにかく早くここから逃げないと。鬼の奴らがすぐそこまで来てるんだ」
 彼の背中をさすり肩を組んで立ち上がらせながら、猿野は青い顔でにやり笑って言った。顎で固まったままの鬼を示す。
「我らが女王陛下はこの通り神通力をお持ちだ。陛下、あいつらも手懐けてはくれませぬか。我ら下々の者をお救い下さい」
「もしそんなことが可能だとしても猿野、あなたは希望を捨てることね」
 朗に受け止められ地表に降りた犬村は蕩けるような笑みを彼に向けた後、冷ややかに猿野を睨んだ。
「二人共何してるんだ。さあ」
 四人が走り出したのを見計らったように鬼が再び動き出す。人型に戻り……。
 戻り切らないうちにそれは鬼の集団に飲まれてしまった。いや、もはや集団と呼ぶことは適当でない。一集合体となった鬼は針金を無造作に絡み合わせ自然、グロテスクを現出せんとする。縦に長く伸びる屈曲自由の体、それを支え地面を這って前進させる無数の足、触角を模して頭部についたうごめく腕。鋼鉄の百足に似た巨大な疑似生命体は本能たるプログラムに従って朗たちの追走を開始する。
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もう日付超えには触れまい。もう桃太郎じゃないとお思いの読者様、そのとおりです。私の妄想が爆発しつつあります。物語がどう転がっていくか、私自身も楽しみにしています。
なお、次回及び木曜日は週末の駅伝合宿中分に充当させるため数記事投稿いたします。ご了承下さいませ。

※『イジン伝~桃太朗の場合~』第1回はこちら。

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