シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~ⅲ

前回記事

【「残念だったな。木地川と犬村はどうした」
 朗は飲料で汚れた顔を袖で拭いながら尋ねた。動じている様子はない。
「どうせあいつらは――」赤鼻の少年は指についた飲料の飛沫を舐めて
「とっくに逃げて物陰で震えてるんだろうさ。ひと仕事後の炭酸は格別だってな」彼は窓際から掴み取った青いブラジャーで腕を拭き、投げ捨てた。「常温じゃ、やっぱりぬるいな」
 朗は同意して後ろを振り返る。そう、針金人形は間を置かず追って来るものの、決して彼らに触れることはない。現実に戻された虚脱感が彼の動きを鈍くした。
 二人は徐々に速度を落としとうとう立ち止まる。朗は懐から例の瓶を取り出して瓶口を割る。中身が吹きこぼれ彼の足元で薄茶色に広がった。
「猿野、台無しだな」
 赤鼻を一擦りした猿野は朗から瓶を奪い取って残りを飲み干す。
「もういい加減わかっただろ」しゃっくりを一つ、それから笑った。
「初めからそうだったのさ」
 そう言って猿野は瓶を後ろへ放った。「またなんか面白いこと探そうぜ」
 瓶は宙で二度回転し針金人形に当たって砕けた。
 二人を追ってきた二体はもう微動だにしない。数十本の金属繊維が編み紐状に組まれた人型。細いが大きな体躯に突起付きの小さな頭部を備えた不格好な棒人間。それが今、数メートルおきに並び腕を広げて立っている。人々はそれらを「鬼」と呼んでいる。】

第三回

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 二人はその場に腰を下ろし、明けつつある空を見上げる。天球面、東西に等間隔で配置された九つの太陽が輪郭をなくしていく。下方四つの太陽はビルの陰に入って見えないが、裏から差し込む光束でその位置が知れる。
 路地は少しずつ白けていく。隠れていたものが見えるようになってモノから艶が、湿り気が失われる。
「なあ猿野。俺たちはこの狭い世界であとどのくらい生きていけばいいんだろうな」
 猿野は目をすがめて応えた。「さあな、でも」
「徒歩で踏破しちまえる世界なら、獲っちまおうぜ、俺たちで」赤鼻が膨らむ。
「そうだな、そしたらまずは太陽を一つに絞ってしまおう。どうも太陽が多いと影も多くなる」
 朗が伸びをして立ち上がろうとした時、彼は眩しさに目をつむった。動きを止めていた鬼たちが激しく揺れて太陽光を乱反射させたのだ。
「おい朗、なんかやばいんじゃねえか」
 二人が慌てて立つと同時に悲鳴が上がった。少女の叫び、それから少年の嗚咽混じりの声。「朗、猿野、どこにいるんだよう」
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挑戦する人を見るって元気づけられる。
明日は第4回とエッセイをお届けします。

※『イジン伝~桃太朗の場合~』第1回はこちら。

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