シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XIX

前回記事

【 猿野は耳をそばだて、ゆっくりと近づいていった。木地川は彼の隣に寄り添って囁く。
「猿野くんの話、感動しちゃったよ。僕、前々から桃太くんは近づきづらい感じがしてたんだ。でも、本当のお父さんとお母さんのことを知らないんだもの、大人っぽく見えるのは当たり前かもしれないってさっき思って」
 男女の声は男子トイレの中から聞こえるようだ。何か見てはいけないものをこれから見るという興奮で猿野の指は震えていた。壁沿いに抜き足差し足、ゆっくり横戸に耳をつけ盗み聞きの態勢に入る。
「でさ、僕、桃太くんと友達になりたいって思ったんだ。可哀想だと思ったっていうと恩着せがましいんだけど、なんか今まで桃太くんに偏見持ってたなあって後悔したからさ。なんとなく僕と彼、気が合うような予感がするんだよ」
 猿野は中から聞こえてくる声のトーンが世間話をする時と変わらない日常的なものであることに失望した。「つまんね。帰るか」
 戻ろうとする彼を引き止めて木地川は諭すように言う。
「待ってよ猿野くん。君も一緒に桃太くんの友達になろうよ。きっと猿野くんも彼と気が合うと思うんだ。僕ら考え方は違うけど、感じ方は似ている、きっとそう」「お前何言ってんだ、ここにいるのは」
 猿野が木地川の手を振り払おうとした時、にわかにトイレの声が大きくなった。
「もうだめなのよ。十五年の期限はすぐそこまで迫ってる。気がつかないうちに失神していることも多くなっていて、その度にわけも分からず口から出てた血を拭き取るの。最近はそれにも慣れた」
「だからって諦めるなんて俺は賛成できない。あいつらだけが特別なんて誰が決めた。……そうか、あの人か。わかった、俺があの人を説得してくる」】

第十九回

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 男が出てくる気配を察して猿野は慌てて戸から離れた。木地川を蹴り飛ばすようにして体育館入口でたむろっている生徒を装う。男は二人に気づいた様子もなく教室棟の方へずんずんと歩いていってしまった。がっしりした体格の中年の男だった。
 驚いたのは木地川である。猿野が口を塞ぐのも間に合わず彼はよく通るテノールで落胆を表す。「なんだ桃太くんじゃないのか」
 昇降口前まで進んでいた男はびくりと肩を震わせ踵を返してやってくる。男の手入れされた髭面は怒っているようにも途方に暮れているようにも見えた。逃げようにも後ろは体育館、左右は水飲み場とトイレ。シンク上の鏡に猿野は体のあちこちをさすりながら忙しなく足踏みする自分を見る。鏡面に血の気が引いた木地川の怯えた顔、同じくらい白く変じた男の太い腕が木地川の胸元を掴み揺さぶる。二人の質の違う、問うような視線を避けて猿野は二人に背を向ける。
「桃太だと。そいつはどこにいる」「分かりません。僕らも探しているんです」
 男の声が高まり廊下に響く。「おい、お願いだから教えてくれ」
「桃太っていうのはあの人の特別だと聞いている。俺はどうしてもあの人に会わなきゃならないんだ。そうしないと、もうすぐあいつは死んじまう」
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本日は弟の誕生日です。母と誕生日が一日違いなのです。なかなかの確率ですよね。

※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(I-VII)はこちら

※※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(VIII-XIV)はこちら

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