シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XVIII

前回記事

【 朗は鬼怒井の手の冷たさにぞっとして、目だけ自分の肩に走らせる。彼女はほとんどメイクをしないが、指の赤いマニキュアだけは一際鮮やかで艶めいている。「それは、ありがとうございます」
 鬼怒井は固くなった朗を見てふふと笑った。白衣が揺れて肩から手が外れた。
「嘘さ。本当はさっき説明会は終わったんだ。で、校長室に戻ってくると途中で女生徒が取り乱しているじゃないか。どうしたのかと問うと彼女は犬村と名乗って私に助けを求めてきた。『桃太くんがいなくなってしまった』と。思わず悲鳴を上げて注目を浴びてしまったけれど自分が桃太くんを探していることはなるべく知られたくないのだと言って私を頼ってきた、ということだ」
「僕がここにいることはどうしてわかったのでしょう」
 鬼怒井は出口に歩み寄りながら肩をすくめ向こうを向いたまま言った。「なんとなく、さ」「なんとなくって」
 部屋を出る間際納得いかない様子の朗を振り返り、鬼怒井は人差し指を立て優しく咎めた。
「しかし君、あんないたずらをしてはいけないよ。まあ引っかかった彼女も彼女だがね。それだけ彼女は君に心を砕いているということかもしれない。準備室には主たる部屋に入るドアがあることを失念するなんて。まさか窓から飛び降りたなんてよほど動揺してなければ考えやしない」
 鬼怒井が音楽室を出ていってからもしばらくティーツリーの匂いは朗にまとわりついていた。まるでまだそこに彼女がいでもするかのように。】

第十八回

~~~~~~~~~~~~~~~
 猿野は耳をそばだて、ゆっくりと近づいていった。木地川は彼の隣に寄り添って囁く。
「猿野くんの話、感動しちゃったよ。僕、前々から桃太くんは近づきづらい感じがしてたんだ。でも、本当のお父さんとお母さんのことを知らないんだもの、大人っぽく見えるのは当たり前かもしれないってさっき思って」
 男女の声は男子トイレの中から聞こえるようだ。何か見てはいけないものをこれから見るという興奮で猿野の指は震えていた。壁沿いに抜き足差し足、ゆっくり横戸に耳をつけ盗み聞きの態勢に入る。
「でさ、僕、桃太くんと友達になりたいって思ったんだ。可哀想だと思ったっていうと恩着せがましいんだけど、なんか今まで桃太くんに偏見持ってたなあって後悔したからさ。なんとなく僕と彼、気が合うような予感がするんだよ」
 猿野は中から聞こえてくる声のトーンが世間話をする時と変わらない日常的なものであることに失望した。「つまんね。帰るか」
 戻ろうとする彼を引き止めて木地川は諭すように言う。
「待ってよ猿野くん。君も一緒に桃太くんの友達になろうよ。きっと猿野くんも彼と気が合うと思うんだ。僕ら考え方は違うけど、感じ方は似ている、きっとそう」「お前何言ってんだ、ここにいるのは」
 猿野が木地川の手を振り払おうとした時、にわかにトイレの声が大きくなった。
「もうだめなのよ。十五年の期限はすぐそこまで迫ってる。気がつかないうちに失神していることも多くなっていて、その度にわけも分からず口から出てた血を拭き取るの。最近はそれにも慣れた」
「だからって諦めるなんて俺は賛成できない。あいつらだけが特別なんて誰が決めた。……そうか、あの人か。わかった、俺があの人を説得してくる」
~~~~~~~~~~~~~~~

ローマ数字の「50」は「L」で示すんですって。この物語、そこまでいくかしら?

※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(I-VII)はこちら

※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(VIII-XIV)はこちら

Twitter:@youwhitegarden
Facebook:https://www.facebook.com/youwhitegarden
HP:https://youwhitegarden.wixsite.com/create

サポートいただければ十中八九泣いて喜びます!いつか私を誇ってもらえるよう頑張っていきます!