【入りこむ②】 夏みかんの中に小さき祖母が居て涼しいからここへおいでと言へり/小島ゆかり
蝶々が超苦手だ。
わたしは結婚するまでずっと、両親と、兄と、それから祖父母と一緒に暮らしていた。祖父は家庭菜園に凝っていて、祖母は草木の好きな人だった。苺も採れたし、葱や紫蘇も植わっていた。梅の木と柿の木と夏みかんの木があった。正直、節操がない。とにかく一年を通じて家を囲むように何かしら生えていた。だから良い虫も悪い虫もわんさかいて、春になればモンシロ、夏が近づけばアゲハが飛んだ。
幼いわたしは、当然、虫を捕まえるようになる。ある日、わたしはアゲハを捕まえた。大きくて美しいアゲハだ。私は嬉々としてそれを、子守をしてくれていた祖母に見せた。祖母の表情はふと固くなった。「夏子、
蝶々を採るのはよしな。お婆ちゃんが小さいころ、近所の子供が蝶々を捕まえたんだよ。そしたらその晩に、その子のお母さんは死んじまった。
だから」わたしはすぐにアゲハを逃した。けれども、一度捕まえてしまった事実は拭い去れない。蝶々世界のルールでは、一度捕まえても逃せば見逃してくれるだろうか。ごめんなさいもうしません。それからずっと蝶々が怖い。
夏生まれのわたしに夏子と名付けた祖母は、去年の夏に他界した。九十九歳だった。祖父も祖母も去った実家の庭は、両親が数ヶ月かけて手入れをして、だいぶすっきりとした。そのうち駐車場にして人に貸すらしい。わたしは先月子供を産んだ。友人がくれた新生児服には、カラフルな花々と蝶々が描かれていて、それはもう完璧な幸せだった。生まれたばかりの子供にとても相応しかった。
お婆ちゃん、わたしで終わらせようと思うんだ。わたし達の怖い怖い蝶々は、もうずっと、わたしだけが持って生きていくから。
夏になったら、この子を連れて実家に帰ろうと思う。柿の木は切ったけれど夏みかんは切らなかったよ、と、父は言っていた。
◇短歌◇
夏みかんの中に小さき祖母が居て涼しいからここへおいでと言へり
/小島ゆかり
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