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明晰夢/ Lucid Dreaming

明晰夢(めいせきむ、英語:Lucid dreaming)とは、睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと

夢から醒めない

 私は 14 年前の 2005 年 8 月からずっと、夢を見ている。朝がきて、目が醒めているという自覚があるにもかかわらず、私が今経験している目の前の日常生活は、まるで「夢をみている」ように現実感がない。確実に「睡眠中でありながら夢と自覚している」明晰夢というのは、まるで今の自分の経験している「起きていながら夢を見続けている」 今の自分の状態とまったく同じなのだなと思えた。今回の作品は、それを instax filmを使用しての視覚化を試みている。

 今回の作品は、「20050810」のスピンオフとしてまとめた。私は 2005 年に急逝した幼い息子の遺品を撮影した「20050810」を 2017年に発表している。そのテーマは「喪失との対峙」である。つまり、私は、2005 年からずっと醒めない夢を見続けている。 

 悲しみから立ち直るということはない。しかし、辛い事実を整理し、認めて生きていくことはできるようになった。ただ、私の目の前にある

「日常生活」は、虚ろな夢でしかない。

私はこのまま夢からずっと醒めないで生きて行くのだ。

instax filmと遺品の類似点 

 自分のアーティスト・ステートメントは「写真を使用した喪失の可視化」である。シリーズ「20050810」では、「喪失」に対して、写真を手段として「(自分自身が)喪失について向き合うこと」を試みてみた。

 そして、あの作品は、あの写真を見た人の心に入り、それぞれの「喪失」について考えてもらうことを目標としていた。この作品は、東京と大阪での個展を経て、たくさんの人に見ていただくことができたと思う。 しかし、もっとこの「喪失への対峙」について、違う視点からのアプローチを試す事で、より一層自分と見ている人の心の深い部分へ、入ることができないだろうか?とずっと考えていた。instax film (チェキフィルム)と出会った時に、ふとこのフィルムに興味を持った。何故なら、「遺品」というものを表現する時にこのフィルムは、もしかしたら、適しているのではないかと、考えられたからである。

 チェキフィルム は1 カット 1 枚しか現像ができない。そして、同じカットの複製写真ができないという「唯一性」がなぜか似ているような気がしたのである。(instax SQUARESQ10,SQ20 カメラは除く) つまり、遺品もその人が残した「唯一」のものだ。また、1枚しかない(同じカットは) チェキフィルム の中に、一つしかない遺品を撮影する事で、まるで写真の中に閉じこめるという事、つまり「記憶の(遺品の)凍結化」ができるようにも思えた。だから、このフィルムを使って、何か試してみようと考えていた時に、写真家の熊谷聖司ゼミ(チェキを利用した実験的な試みのプロセスと表現の可能性を学ぶ)を見つけて、何か制作のヒントをつかむために、参加したのである。

フルッサーと熊谷聖司の類似点

 ゼミは熊谷聖司氏の「無意識の視覚化」の彼独自の技法(特に色についての感覚について)が学べたと思う。最初は、「遺品」をチェキカメラの前に置いてそのまま撮影をしていた。教えてもらった「技法」を実際に試してみて、「遺品」に対する「記憶の凍結化」(=「記憶の真空パック化」)というキーワードの視覚化が同時に出来ているかを試してみた。チェキフィルムを利用することやチェキカメラ(チェキ”instax mini 90 ネオクラシック) を使用することで、自分の描く明晰夢のイメージに近い落としどころはどこかを見つけようとしていた。つまりそれは、35mmフィルムカメラでもなく、デジタルカメラでもないこのカメラを使用する事の「意味」を見つけようとしていた。(もちろん、「遺品の記憶の凍結化」キーワードの可視化もできないかと思って、いろいろな方法で撮影をしてみている)

 しばらく、チェキカメラで撮影をしていると、ある日ふと、今自分が試みてる事というのは、ちょうど読んでいた

『写真の哲学のために-テクノロジーとヴィジュアルカルチャー-』    ヴィレム・フルッサー著

の中に書いてある事を実行しているように思えた。

 それは、この本の中で、まず、「写真装置(=カメラ)」の定義がある。

 ~写真装置は、写真を制作するようにプログラム化されており、それぞれの写真はその装置のプログラムに含まれた様々な可能性の中のひとつを実現したものです。~(P31)

確かにその通りであり、今のデジタルカメラはもちろんのこと、フィルムカメラでさえもある制限されたカメラの中のプログラム(電子的でも機械的でも)の中を、撮影者が選ぶことによって撮影して現像してプリントすることになる。つまり写真装置を使用する写真家というのは、いかにそのプログラムをうまく操作する技術を得ることが、自分の思い通りの写真を生み出す道である。

しかし、フルッサーは「写真家(写真装置の機能従事者)」について、  次のように書いている。

 ~第一に私たちは装置をその厳格さの点で欺くことができるということ。第二に私たちは装置のプログラムのなかに、そこでは予測されることのない人間の意図を密かに入れ込むことができるということ。第三に、私たちは装置を支配して、予見されないもの、蓋然性の高くないもの(ありそうにないもの)、情報を与えるものを生み出すことができるということ。(P108)

 私が 今この行なっている実験的な撮影というのは、このことを実行しているのではないかと考え始めた。

 つまり、チェキフィルムやチェキカメラはカメラとしてのプログラムが単純であり、どちらかといえばその機能は制限されていて、選ぶことがほとんどできない。現像やプリントさえも私達の操作がほぼできないのだ。しかし、それはその分、

「予測されることのない人間の意図を密かに入れ込み、装置を支配して、予見されないもの、蓋然性の高くないものを生み出すことができる」

ということの反応(リターン)が明確に出てくるということだ。これに気がついた時に、ハッとした。自分が試そうとしていることがかなり「面白いこと」であるからだ。そして、もっとそれがわかりやすく、もっと明確に「それ」が表現出来る方法はないかを必死に考えた。なぜか? それは、その答えを見つけることが「この機材」をこの作品で今回使用する意味でもあるからだ。

何を見つけたか?

 そしてそれをやっと見つけた。それは

「カメラの制限されたプログラムから」選んで作品を作るのではなく、 「写真装置(=カメラ)」という制限されたものさえも「自由」になる

ということである。つまり何をやったか。

それは「チェキカメラを使わないこと」である。 

作品の中のAbstract(抽象)写真(他は除く)はチェキフィルムを使用しているが、

カメラは使用してない。

 技術的なことは作品の内容と関係ないので特に明記しない。想像してくれればいい。

しかし、このことにより、今の「明晰夢」の状態がよりいっそう表現できたと自分では思う。

私がこのフィルムで写しだしたかったものに気がつく

 出来上がったフィルムを見て、写真の画面にイメージとして出てきたのは、自分が見ている「目の前にある、形にならない夢のような」日々であった。これは自分の考えていた「明晰夢」のイメージだった。網膜に写しだっされているものは、はっきりとした画像を持っているにもかかわらず、私の意識の中では、このように、像を持たない虚ろな毎日であった。

 そして、それともう一つ、

私は「写せなかった未来の想い出」を写したかったのだな

と自分で自分を理解した。

 チェキカメラは、インスタントカメラですぐに現像ができて、すぐに画像が確認できる。楽しみながら、撮影して、想い出をみんなで分け合うことが多いカメラである。記念写真を撮るカメラと言ってもいい。そう、私はこの現像液が映し出す、形を形成しないこのイメージは、私は、息子と夫との

未来の楽しい思い出 をきっとこのカメラで撮影したかったのだろうな。

だからこの写真は形を成さない。なぜなら、私の息子はこのカメラの前でいないからだ。

私はこの写真の中に渦巻いている、抽象的な画像は、本当は現像液によりか形として形成され、私と息子の笑顔の写真であったはず。

それを考えたら、泣けてきた。私はまだ夢を見ている。


写真批評のタシロユウキさんがこのゼミの修了展について書いてくださってます 


48歳からの写真作家修行中。できるかできないかは、やってみないとわからんよ。