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写真作家の死:20240724

中国への展示の経緯②

2025年にギャラリーで個展が決まりました(たぶん)
この間の1年間に
私が今何をしようとしてるのか、何を考えているのか。
何に憤慨して何に落ち込んで何に恐れているのか。
写真のことだけなく、ただの56歳(今年57歳)のおばちゃん自称写真家が
「どこへ辿り着くのか、どこにも辿り着けないのか」
それを記録として書いていこうと思います

おはようございます。今日も暑いですね。熱中症にお気をつけて。

 「中国の展示が政治的な理由で企画が中止になった」それを聞いてガッカリしましたが、納得はすぐできました。
それは 以前に私の推し写真作家であった広瀬耕平さんの作品が中国の国際写真祭に招聘されて展示を行うはずが、なぜ国際写真祭の直前に「審査?」で政治的な意味で中止になったのを(SNSで)見ていたからです。多分、展示の本当に直前で本人は会場に行ったと思うのですが、展示できてなかったという記憶があります。でも、広瀬さんの作品は中国政府を批判するようなものでもなかったのですがね。。作品は「欲視録」でした。
(海外ってそういうのあるんだ)
というを思い出したのでした。

それからぼんやりと過ごしていたのですが 企画が流れたというメッセンジャーをもらってから何をしてたのかあまり記憶がありません。確かその頃は
姑の腰の骨折と痴呆の症状が出てきたとか、特殊さきに合いそうになったとか(銀行で止められました)色々あって「写真」の展示どこじゃないと
いうのがありました。

2023年7月末 また彼女からfbのメッセンジャーが来ました

榎本さん、こんにちは、前回お話した中国での展示は再開しました、参加作家さんや場所などを少し変わっていたんですが、人数が増えていて、女性写真家だけではなく、男性視線から女性に関する作品を制作している男性写真家を含めて今回の展示を開催する予定です、場所が二ヶ所を分けていて、日本写真家と中国写真家を一緒に展示する形になります。人数は増えました」

ウヒョー よかった!
企画内容が変わったみたいですがセレクトの作家としてまだ入れて残ってのを本当に感謝してました。結構プライベートがさんざんだったので本当に救われた思いでした。展示は2024年の10月とのこと。わーい。
(以前の企画書から名前が抜けた作家もいましたので)

その後、図録を作るからとプロフィール写真やら代表的な写真を数枚送ってと言われ送付done.
その後
「審査用に小さいデーターでいいので全部を送ってください」
とくる

(きたか、これか!)と思って恐る恐るデーターを送った。
展示を考えてる3作品を全部送りました。

(どうか中国政府の審査で落ちませんように・・・)

その後また1か月ほど経つ。。。

「前回話した、政治的な審査が終わりました!作品は全て大丈夫です、提出した作品の中で、どちらを選んで展示しても問題ないです。いま、最終的な展示プランをお願いしたいのですが、展示壁のサイズは20m×2.2mになり色は真白です。額装方法は軽くて簡単な立体的な展示は大丈夫ですが、制作周期や会場により、なるべく平面的展示方法でお願いします。10月の展示なので、9月15日までに展示プランをもらえると、ありがたいです。」

ほっとしました。本当に。しかし、ギリギリだなあ。契約書とかもない口約束。そんなものなのかな。と思いましたが、作品を選んで展示計画を考えないと思って頭を切り替えたのでした。

前の企画では日本人女性作家8名 中国人女性作家8名が今度は男性も含めた16名になり 謝金も減ってしまった(ちょっと出る予定でした)のですがプリントも向こうのセンターでやってくれるし、その費用も考えないでできるし、2.2m x20m の壁って本当に初めてだったので本当に嬉しかったし
どうしたらいいかを焦って考えました。(広すぎる!)

次は展示プランの話にします

添付は写真作家の有元伸也さんのブログになりますが2021年に開催された
「日中撮影交流展」の記事です。私が参加したのも同じ場所で同じ企画です


48歳からの写真作家修行中。できるかできないかは、やってみないとわからんよ。