あいつ

腹の底のモヤモヤが気持ち悪いので文章にした。もちろんフィクション。

〜〜〜

あいつはいつの間にか私のそばにいた。

何をするでもなく、いつもそばにいる。

時々、何のためにそばにいるのだろう、と考えてしまうこともあった。あいつはそんな私を不思議そうに眺めていた。「こいつは何のためにいるのだ?」あいつも私のことをそう思っていた。

そのくらい、何をしているのかわからないやつだった。

センモンカという名前の頭がいい人が言っていた言葉は、私を驚かせた。

「あいつのおかげで、人類は進化できたのだ」、と。

私が知ってるダーウィンの進化説とちょっと違う感じもする。

魚類、哺乳類、霊長類と進化していく中であいつがどんなふうに関わってくるのか私は想像できなかった。

あいつは、そのくらいパッとしない奴だった。

人気があって、実力があって、リーダーシップが取れるようなタイプではなかった。いわゆる目立つ行動を起こして何かを成し遂げるタイプにはなさそうに見えた。

どちらかというと、ひっそりと「そこ」にいた。

想像できなかったけど、センモンカさんが言うのだから、そうなのだろうなあ、位に思っていた。

あいつは、私のそばにだけいるわけではなくて、誰のそばにもいた。

あいつは、あまり人気がなくて、どちらかといえば嫌われていた。

中には熱心なファンクラブと言うか、支援している人々もいて、あいつの良いところも悪いところも引っくるめて理解しているようだった。

私にはその人々が、あいつのことを「理解するよう努めている」ように見えた。だからリカイシャと呼ばれていた。

世間であいつのことが好きだ、そばに置いておきたい、なんて言うと変な目で見られた。

「頭は大丈夫か?」と心配されるくらいだ。リカイシャは時々非難された。

それには理由があって、あいつは時々とんでもないことを突然しでかすのだ。

あいつは仲間と結託して私達に襲いかかる。

ひどい場合はあいつに体を乗っ取られる。

あいつは体を乗っ取って何をするのだろう?

あいつの理解者たちは「仲間を増やしたいだけなんだ」と話す。

寂しがりやか?

センモンカは「危険だ、危ない存在だ」と叫んだ。

体を乗っ取って、仲間を増やすそのスピードは物凄い早いらしい。

私が友達を作るやりもずっと早い速度で仲間を作っていくのだろう。

そこを聞くと、進化説に一枚噛んでるのもわかる気がする。多分だけど、あいつの行動に進化という意志はないと思う。

あいつはただの寂しがりやだ。

そばにいてやれば、これと言って暴れたりしない。

ある時、遠くの地方であいつが大暴れしていると聞いた。

あいつは体を乗っ取って仲間を増やし続けていた。

遠くの地方で起きていることだけども、今、自分のそばにいるあいつもあんなふうに暴れるのだろうか?そんなふうに疑いと恐怖と不安を抱く人が増えていった。

私の近くにいるあいつはおとなしかった。

けれど、あいつの見た目は随分変わっていた。

どうってことない感じに見えたあいつは、今やひと目見ただけで「ヤバイ奴」に見えた。

あいつは人から向けられる「疑いや恐怖や不安」を好んでいるようだった。

ある時、あいつに遠くから何かを与えている人たちを見た。

あいつはもらえるものはもらう主義みたいだから、それを受け取って自らに取り込んでいた。

その人たちが何を与えていたのかわからないけど、あるグループはそれを「アオリ」と呼んでいた。「アオリ」は疑いや恐怖や不安を餌に育てられる家畜みたいなものだった。

そんなバカな。感情が餌になるなんて、そんな話あるか。

私はそう思ったけど、不安げな人のそばにいるあいつは見るからに「ヤバそう]だった。不安からアオリが育てられて、ある程度になると餌になるのだという。アオリはお金でもやり取りされていて、それがあいつに与えられているという噂もあった。本当のところは知らされていない。

あいつはヤバそうなやつにもなったし、取るに足らないやつにもなった。

どうやら人によってあいつの見え方が違うみたいだ。

センモンカは言っていた。

あいつに乗っ取られる人は、気づかないうちにあいつを受け入れる準備をしてしまったのだ、と。

あいつとのパワーバランスはちょっとしたことで逆転するらしい。あいつのことを怖がる人の中には、

「私達はそんなあいつを絶滅させるべきだ。」

そんなふうに考える人もいる。

ちょっとまって。

人によってはあいつは凶悪なやばいやつだけど、人によっては取るに足らないやつだ。

あいつをよく知る支援団体の人が言うには、あいつは消すことはできないらしい。そもそも、あいつはいろんなタイプがいる。何種類かには分けられるみたいだけど。その点は私たちとすごく似ている。

アジア系、アフリカ系、ヨーロッパ系、人間にも色々な人種がいる。人種がかけ合わさってさらに複雑なタイプに分かれていく。あいつも同じみたいだ。

もしもあいつがいなかったら、各個体で伝わらない情報とかがあるらしい。

あいつが私達にとっていいやつなのかは、わからない。

あいつの仲間には凶悪でやばいやつもいる。

でも、凶悪でやばいやつは人によって作られたっていう話もある。

ヤバそうに見えるだけの実はおとなしいパターンのやつも人が作ったって話だ。

そうなのだとしたら、本当にやばいのは人じゃないか?

あいつはそれを教えてくれているのかもしれない。

もちろん、あいつにその意志はない。センモンカが言っていた。

進化説をもしも信じるとしたら、あいつに乗っ取られたあと、元に戻れた個体が新時代を作っていくのかもしれない。

どんな人類が生まれるだろう?

性別を持たないとか?

現代のあらゆる病気に耐性を持つとか?

植物と統合して、水と光と空気だけで暮らせる人間になるとか?

あいつの意図は誰も知らない。

あいつに意図なんてない。

意図があるように人々が育てているだけだ。

私のそばにいるあいつも、いつかやばいやつになるのだろうか?

言葉なんて知らないはずのあいつの口が動いて、あいつの声が聞こえた気がした。

「お前次第だ」と。



記事を読んでいただいて、共感していただけたらサポートをしてくださると嬉しいです。あなたからのサポートを、他の誰かに届けられるよう頑張ります。