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笑顔の面

お面ならたくさん持っている。怒りの面、悲しみの面、喜びの面。時と場合に応じて使い分けて本当の表情は見られないようにする。巧みに仕上げられているから、余程注意してみなければ面かどうかは分からない。今まで見抜かれたことは多分ない(と自分では思っている)。

とりわけ笑顔の面は、かぶるにも覚悟のいる面だ。なにしろ面の内側には鋭い針がいくつもついていて、顔面を容赦なく突き刺す。外面の陽気で明るく人懐こい造形からは、まったくうかがい知ることのできない地獄のような内側なのである。笑顔を繕い他人と自分の心を欺くことが、如何なる意味を持つのかを自覚させる、そんな面だ。そして長い時間この面をかぶっていると内側の針は長さを増し、皮下にまでくい込んでくる。しかも伸びながら銛のように返しを作るので、もはや面を外すことは容易ではない。
痛みに耐え、疼きに悶え、傷は膿む。
そして悲しいことに、自分以外の誰もこの痛みを知ることはできない。ただひとり耐え忍び続けるしかない。陽気で明るく人懐こい笑顔を振りまきながら。

だからこの面をかぶることを、どうしても躊躇ってしまう。たまには仕方なく使うときもあるが、顔面だけでなく心までもが痛いのだ。この痛みを知れば知るほど、笑顔の面で顔を覆うことは避けたいのだけれど、残念なことに面を封印することはできないでいる。

まだよくその人となりを知らないのに、あまりにも屈託のない笑顔を見せられると、つい疑ってしまう。その面を剥がした奥の本当の表情が、針の痛みに歪んではいまいかと。同じ悩みを抱えているはずなのに、互いに陽気で明るい笑顔の面を見せ合っているに過ぎないのではないかと。

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