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(詩) 「雨の喚び声」



深夜 ふと目醒めれば 微かな声が近づいてくる
雨がたえず輪を描いては 葉のように揺れながら消え ちいさな反響を繰り返していた

晩冬の雨の一日 私は大阪近郊の下町を歩いた
あまりに侘しい 裏路地の迷路のなかで
一帯を青黒く染め 沈み込ませたものがあった

まばらに人とすれ違うばかりだった
頻りに傘に落ちかかる細い糸の連鎖が
周囲を暗い静寂で充たしていた

私は歩いていた 車のまるで通らぬ車道
墓地の影に隠れた小道 朽ちた煙突の立つ細道
錆びついた商店の脇道 電気の消えた小学校の裏道を

ふと目にとまった家屋の形が
なぜか遠い記憶と重なり合った

子供がひとり 球をついてあそんでいる
雨が町医者の看板を強く打ち続けていた

市街地の喧騒が 遠方を巨大な河のように流れている
潮鳴りのように耳を覆っているのを感じていた
怒濤の音響は兆候になって遥か彼方で唸り上げている
そして雨は 下町を包んでは透明にあらっていた

夜 目ざめて 耳に広がる波紋の向こうに
ひとつの景色がひらけていた
手繰り寄せれば 離れてゆく
やがて見えなくなっていった

降りしきる雨のさなかに
記憶と今の境界は消えている

私を呼び醒ました声があった
深夜にそっと肩にふれ
そのまま去っていったものが