(詩) 「灯火のそばで」





干からびた芯棒が
書斎の本棚を支えている
漂泊への想念が消えぬようにと
酷暑の湿気に容赦なく
晒されたトマトのように
なった体を引き締めて
折々油をさしにゆく

遠景では
深更を照らす炎が
ちいさく揺れている
年古りた書物に光る
常灯の形で

ひとり旅に出た とある年の四月
画一的な駅舎をそのまま見棄て
車道に入り
程なく
青い池のように沈んだ路地裏の中へ
潜り込んでいった

隅々まで空を隠した雲が
真綿のように渦巻いて
辿る途々を慎ましく装っていた
降り始めた雨が
土地を白く光らせている

うつむいて進んでゆく私の眼は
やがて 道角に姿をあらわした
神社をみとめ
そこで釘付けになった

空を縁取り
屋根を土地へ下げて広げ
町を支える影のように佇んでいた
一刻
車道の遠い反響が掻き消され
全てを静寂に変えていた

雨は
細い透明な芯を研ぎ澄ませながら
神社へと注がれ
全体を
海港へ帰還した一艘の
船のような姿に変えていた

詩情の芽を
たちどころに
焼ききってゆく
夏の焔

世界のあらゆる国々で
殺人が
紛争が
怨恨が
憎悪の火が絶えない
日々の報道の向こう側

厭になるほどの忍耐をもって
積み重ねられた石の上に交錯する
光と影と
壁にこびりついた血潮の痕跡と

時間は残酷なほど緩慢だ
いったい夏とは何なのか
夏は本当に夏なのか

泉を喪失した風

昼夜なく
空からめつけているものが
世界を焼いている

命綱の水筒を握りながら
火をくぐるようにして
見慣れた歩道を歩いている
私を今日もたじろがせる