(詩) 「灯火のそばで」
干からびた芯棒が
書斎の本棚を支えている
漂泊への想念が消えぬようにと
酷暑の湿気に容赦なく
晒されたトマトのように
なった体を引き締めて
折々油をさしにゆく
遠景では
深更を照らす炎が
ちいさく揺れている
年古りた書物に光る
常灯の形で
※
ひとり旅に出た とある年の四月
画一的な駅舎をそのまま見棄て
車道に入り
程なく
青い池のように沈んだ路地裏の中へ
潜り込んでいった
隅々まで空を隠した雲が
真綿のように渦巻いて
辿る途々を慎ましく装っていた
降り始めた雨が
土地を白く光らせている
俯いて進んでゆく私の眼は
やがて 道角に姿をあらわした
神社をみとめ
そこで釘付けになった
空を縁取り
屋根を土地へ下げて広げ
町を支える影のように佇んでいた
一刻
車道の遠い反響が掻き消され
全てを静寂に変えていた
雨は
細い透明な芯を研ぎ澄ませながら
神社へと注がれ
全体を
海港へ帰還した一艘の
船のような姿に変えていた
※
詩情の芽を
たちどころに
焼ききってゆく
夏の焔
世界のあらゆる国々で
殺人が
紛争が
怨恨が
憎悪の火が絶えない
日々の報道の向こう側
厭になるほどの忍耐をもって
積み重ねられた石の上に交錯する
光と影と
壁にこびりついた血潮の痕跡と
時間は残酷なほど緩慢だ
いったい夏とは何なのか
夏は本当に夏なのか
泉を喪失した風
昼夜なく
空から睨めつけているものが
世界を焼いている
命綱の水筒を握りながら
火をくぐるようにして
見慣れた歩道を歩いている
私を今日もたじろがせる