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「うちも『ジョブ型』を検討してみない?」と言われた時に大切な、3つの質問

こんにちは。酒井雄平と申します。青田努さん(@AotaTsutomu)のお誘いで、HRアドベントカレンダー2020、「⚪︎△に大切な◻︎×」の投稿を引き受けました。実は初noteです。つい気負って書いてしまいましたが、アドベントカレンダーの他の皆さんのしみじみ感ある人事論と比べると、「人事じゃない人」感出てないかな…。あまり難しい書き方はしてないので、ご容赦ください。
(ラストnoteにならないよう、今後はたまには思ったことをもう少しライトに投稿していこうかと…)

はじめに、自己紹介

・組織・人事コンサルティングを10年少々。会社のポリシー上、社名をここには書けませんがご容赦ください。本稿はあくまでも個人の見解です。
(ちなみに私の名前でググると、国を憂いている人も出てきますが、そちらは別の方です
・経験領域はこちら。組織再編や事業の転換、DX推進、シニア活用など、色んな場面で登場します。
・ここ数年は、いわゆるPeople AnalyticsやHRテクノロジーの活用、「データドリブン人事」というテーマも頑張って掘り下げています。最近アップデート減り気味ですが(まずい)、寄稿や共著もいささか。
・趣味は色々ありますが、マニアックにはまっているのはアナログゲーム。下記の画像は、最近買った中でも分かりやすく面白かったものです。

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改めて、なぜ「ジョブ型?」

青田さんから依頼を受け、一年を振り返ってみました。コロナで誰もが大変かつ激動だった2020年、自分も同じくでしたが、仕事では、実は半分くらいがいわゆる人事制度関連。コンサル界隈では需要がなくなると10年以上言われ続けていますが、人事の根幹だからか、ありがたいことに引き合いは絶えません。そして、議論しているとほぼ必ず出てくる言葉が、「ジョブ型」。この変化の時代に会社をどう変えていくか、デジタル化に対応できる人と組織をどう作ればよいのか、そのためには今までやってきた人材マネジメントを捨てる必要があるのか、それは本当にできるのかなどなど、根深い課題意識からのご相談を受けます。
始めに言うと、私は基本的には「ジョブ型」へ転換することに賛成です。この後でも折につけ触れますが、
・これだけの事業環境の変化に適応できる人材を輩出するには、思い切ったリソースシフトや人材のリスキルが求められるが、「ジョブ型」がその起爆剤となる
・事業に今すぐにでも必要な人材を採用するには、市場価値に基づいた報酬提示が必要となる
・「就社」が死語になりつつある中、働き手一人ひとりにとっても、キャリアの自律を意識するための強力なドライバーになる
などが理由になります。

ただし、「ジョブ型入れれば成果主義になって人件費を減らせるんでしょ」「リモートワークにはジョブ型が欠かせないですよね」のような、「ジョブ型」の名付け親の先生からお叱りが飛んできそうな事象が「ジョブ型」のメリットだとは、私は思っていません(決して、問題意識自体は否定しません!)。ただ、企業によっては社内のいろんな方からそういった声が出ることが少なくないようです。というわけで、この記事を読んでくださる皆さまが、もし同じような質問を受けたら…と想定し、3つほど「切り返しの質問」を考えてみました。

①「それって『職能』だとできないんですか?」

「ジョブ型で成果主義を促進」「ジョブ定義で仕事に必要なコンピテンシーを明確化」「人材育成にもジョブ型」みたいな話を聞くと、私は、この本の表紙を思い出します。

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ご存知の方もいると思いますが、職能資格制度の権威中の権威、楠田丘先生の代表作の一つ。初版は…1975年!
「人材育成のラダー」「能力主義が成果主義を活かす」「個を活かす実力主義」「社員満足(意欲)の高揚」。どれもいいね!と思いませんか?MAKE SHOKUNOU GREAT AGAIN!!…というのは大げさとして、2020年現在でも、このを表題を見て「うちの会社にも活かしたい」と思う方はきっと多いはずです。

中を読んでも、今に通じることがたくさん書かれているのです。目次読むだけでも、
「能力主義人事の4つの基準」「職務調査と等級基準」「期待像を軸としたトータルシステム」「日本型成果主義」「職種別標準スキル別能力要件・役割要件と賃金水準」
などなど、人事制度を語る上では欠かせない、そして「ジョブ型」人事制度にも用いうる要素を随所に発見することができます。また、改訂版では職能資格制度の限界も直視し、21世紀においては能力の伸長に報いるフェーズと役割・成果に報いるフェーズを分け、後者に該当する人材には「降職・降給あり」にすべしとも書かれています。本書を詳しく解説すると別の記事ができあがりそうなので控えますが、要するに、人材育成を最重視し、現場の具体的な仕事に基づいた職能要件を定義して配置・育成・評価の基軸とし、そのうえで一定以上の水準の社員には成果主義・実力主義を適用せよ、というのがポイントです。

なので、①の問いはこっちがいいかな…と迷いました。
「それ、楠田丘先生の本にすでに書いてありますよ?」
皆さん、気を入れ直して楠田先生の本を読んでみましょう。

もちろん、人の成長が仕事を生むという思想を重視するがあまり高給ミドルを余らせやすい、人間力偏重でスキルの急激な転換に対応しづらい、職種別の外部報酬水準との乖離を埋めづらく中途採用に弱いといった欠点はあり、今日、楠田流職能資格制度をそのまま導入するのは難しいでしょう。ただし、職能資格制度でも一定程度実現できるはずの成果主義・人材育成をしっかりと運用・実現しきれていない企業が、一足飛びに「ジョブ型」に移行してもその狙いを遂げることができるでしょうか?…かなり疑わしいと私は思います。まずはなぜ、今の制度でやりたいことができていないかをしっかりと掘り下げることが大切です。

今年、ある企業の人事部長から、リモートワークになって成果の行動の質が見えづらくなったので何とかしたいという相談を受けました。その部長は、当初は目標管理の「強化」や個々の仕事内容の定義を狙いとした「ジョブ型」人事制度の導入を念頭に置かれていました。しかし、議論を2~3回続けていると、
「うちの現場は複数のプロジェクトが走るので、チームワークが大事というか、それぞれの役割をカバーし合える体制が大事なんだよね」
「現場のマネージャー層の一部は、Teamsで話していても業務指示と確認ばかりになってしまうらしい」
「評価会議に同席したのだが、営業部門の数字は見えるけど、それ以外の仕事ぶりに関するログがほとんどなく、議論は空中戦だし一人ひとりの育成課題もはっきりしなかった」
といった話が出てきました。こういう状態だと、ジョブ定義をしたところで何も変わりません。そこで提案したのは、上司と部下との関係性の質の強化。成長支援や安心感の形成を狙いとした1on1と、四半期またはプロジェクト単位の評価ログの義務化、目標管理を脱して役割発揮の積み上げに基づく評価への転換、これらをサポートするための(パルスサーベイなどの)コミュニケーションツールの導入、そしてその担い手となるマネージャー層がマネジメントに専念するための業務の簡素化・管理スパンの見直しを進めることになりました。このように、問題を掘り下げると、十中八九「運用」、すなわち制度の趣旨を貫徹させきれない人事部門や、現場で部下育成を苦手とする、あるいは疲弊して時間を割けないラインマネージャーの存在が浮上します。

職能の世界でも、日本企業は様々なトライをしてきました。コンピテンシーを定義し(時には職種別に!)、製造現場向けには星取表、エンジニア向けにはスキルマップを作るなどなど。ジョブ定義という形式よりも、必要とする専門性の変化やデジタル化によるフロント業務の変化などの事業のリアルな課題を踏まえて人材要件を定義する、人材の適切なアセスメント方法を整備し実行する、マネージャーがマネジメント業務に専念できるような環境・業務を整備しスキル習得を支援する、といった運用に魂を込めることのほうが遥かに重要です。

②「ちょっと言いにくいのですが、社員を不平等・不公平にさらす覚悟はおありですか?」

「ジョブ型に変わるためのポイントって、なんですか?」と聞かれる際、私は「端的に言うと、社員を不平等・不公平に扱うことです」と答えています。「ジョブ型」は労働市場から見ればむしろ平等な思想ですが、いわゆる「メンバーシップ型」マネジメントの運用を長年してきた日系企業が今から移行しようとすると、長年、それを受け入れてきた社員には不平等・不公平な扱いが生まれざるを得ない面があります。

いわゆる「日本型雇用の三種の神器」として、長期雇用(終身雇用)制度、年功賃金制度、企業別組合が挙げられます。
・新卒社員を一括で雇う。
→専門領域の転換を伴う定期的な異動や転勤を会社(人事)の意思で行う。
→報酬の差は単年度の仕事内容や成果よりも長期的な「優秀さ」の競争に基づく選抜によってつける。
→その結果生じる優勝劣敗に関わらず定年までの雇用と比較的高い報酬を約束する。
→それがゆえに社員や組合も産業レベルの連帯よりも専ら自社と社員の関係性を重視する。

このメカニズムが「ジョブ型」だとがらっと変わります。
・「今いる人材」よりも会社の事業戦略を重視して必要なジョブを設置する。
→ジョブの要件を満たす「即戦力」を社内外問わずJust in timeで登用する。
→一部の選抜人材を除くと幅広いジョブの選択肢も昇進機会も提供しない(逆に、社員としても結果が保障されない異動は受け入れない)。
→報酬は各ジョブの市場水準を考慮して若手間でも職種で、および優秀な人材が市場に流出しないよう成果でも大きく差をつける。
→そして年功・後払いよりも即時払いの報酬を重視しする。
→その裏腹として社員にはキャリアの自律を求める。

人生のそれなりに長い期間かけて「メンバーシップ型」の世界観を提示されてきた社員にとっては、まさに不平等への大転換です。必ずしも全部でなくてもよいですが、どこまでやりますか?やりきれますか?という逡巡が、日本企業が「ジョブ型」を導入する際、人事だけでなく経営層・現場幹部にも求められます。

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(参考として、ヒトベースとジョブベースのマネジメントの比較。出典:「ジョブ型人材マネジメント 日本企業が目指すべき「ジョブ型人材マネジメント」とは」)

実際、そのような逡巡に直面することは多いです。例えばある企業では長年にわたりグループを牽引するマネジメント人材の育成を主眼とし、強力なローテーションや序列化・抜擢を効かせた競争原理、能力給と職務給の併用といった人材マネジメントをしていましたが、それでもなお、社内に該当者が乏しい専門領域の人材の確保が課題となっていました。そこで「ジョブ型」の導入が課題となりましたが、議論の中で繰り返し浮かぶのが「これまでマネジメント人材を輩出できてきたという良さを捨てるのか?」という問い。結局、全面的な「ジョブ型」ではなく両者の併存を模索することになったのですが、「ジョブ型」の検討においては、個社の経緯・課題に即したありたい姿の検討が欠かせません。

とはいえ、「ジョブ型」への転換は時代の要請である点も否めません。前述の濱口先生や労働法領域に詳しい倉重公太朗弁護士は、ジョブ型と同一労働同一賃金は本質的には不可分という趣旨の指摘をしていますが、私も同意です。個社の歴史をひも解くと不平等・不公平が生じても、労働市場全体での平等・公平がより実現していくのが「ジョブ型」です。
(↓倉重先生の笑顔が眩しい…)

そうすると、②の問いはむしろ、「『ジョブ型』を起爆剤にどこまで変わる覚悟を持ちますか?」のほうが建設的かもしれません。社員の反発までもマネジメントし、自律・会社と個人が互いに選び合う関係を社員に求めていく、そこまで踏み込めるかが人材マネジメントの分水嶺だと考えます。

ちなみに、上記の覚悟を迫る議論を社内に呼びさましたい場合の手法を一つご紹介します。それは、
各部の主要な目標(できるだけ定量)、各部の人件費総額と一人当たり人件費を一覧表にして経営層・部門長に提示する。
です。これをやると、
「うちの会社はいかに人件費にメリハリをつけられていないのか?(あるいは歪なメリハリになっているか)」
「部による目標の重みが違うのに、社員の配置に反映させられていないのでは?」
「デジタルに強い人材を採用しようとしても、今の報酬の決め方では無理だ」
といった疑問や課題がどっと沸いてきます。課題解決にはトップダウンのリソースシフトが必要だ、そのためには…、と議論が進むと、「ジョブ型」への覚悟に向けた大きな一歩になります。

③「『ジョブ型』の会社から人が離れないためには、お金やお金以外のあの手この手で報いていく必要がありますよ?」

これ見て思った人もいるかもしれません。
「これ、『ジョブ型』でなくても言えることでは?」
もちろんその通りです。ただ、「ジョブ型」のマネジメントを志向するほどこの傾向は高まります。理由は前述のとおり、「ジョブ型」では会社と個人が互いに選び合う関係になり、転職や副業・兼業も当たり前になる、とはいえ提示できる報酬には限度があるからです。

また、今後職場の主役になっていく(すでになっている?)ミレニアル世代は、報酬以上に、自分らしく働ける職場風土・ワークライフバランス・同僚といった仕事中の時間を含む人生そのものの充実を重視する傾向にあります。きっと、皆さんも実感されてますよね?

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(出典:2020年 デロイト ミレニアル年次調査

そこで、ジョブベースの報酬制度に移行して外部市場を意識できるようにすることも大事になりますが、並行して、職場環境の改善や成長機会の整備にこそ投資すべきと言えます。これらを通じ、様々な価値観を持った人たちが、健康や良好な体調を保ち、安心して課題に取り組める心の状態を持ち、社会との有意義な関りを実感できるようにする。すなわちWell-beingの追求が、「ジョブ型」に世の中や会社が徐々に変わる中でも自社に人材を惹きつけ、一人ひとりの力を発揮してもらうために重要なことです

Withコロナの中では、こうした投資の優先順位は下がると言われることもありますが、いずれコロナを克服し成長を加速させるステージではWell-beingの追求は待ったなしになります。また、似た概念である「幸福」については、創造性や生産性の向上に効くという研究結果も複数存在しており、Well-beingや幸福感の追求は、単に人材を惹きつけるだけでなく、成長戦略の一つとも言えます。


もちろん、Well-beingの追求は言うは易し、です。社員の声をよく聴きながら予算・業務・人材の充足度・労使関係など様々な制約のもと徐々に進めていかざるを得ません。そんな中でまず取り組むとよいと最近思っているのは目的(Purpose)の見直しです。先日、勤務先のあるグローバルのリーダーが社員にあてたメールでこんなことを書いていて、さすが言うことが違うな…と感心しました。

「皆さんが目的を見つけた時は、自らの快適なゾーンから足を踏み出して自分の可能性を実現するためのさらなるエネルギーと勇気を得ることでしょう。そして、皆さんが仕事の目的と意義を見出した時、それは皆さんの人生のほかの部分にまで広がるでしょう。(中略)」
皆さんは自分自身について何を学んだでしょうか、仕事や私生活のどの側面が皆さんを強くしたでしょうか。どのような交流が皆さんの人生に意義や目的をもたらしたでしょうか。どうかこれらの経験について思い返してみる時間を取って、自分の目的を見つけてみてください。」

2020年も間もなく終わろうとしています。よりWell-beingな職場をつくるにあたり、まずは私たちが自分自身の目的を考え、そして職場の周りの一人ひとりに目的を考えてもらい、そしてそれを周りと語り合い共有し合う。そんなことから始めると、職場の空気が変わり、「ジョブ型」への変化も追い風にして人々の力を結集されられる組織に変わり始めるかもしれません。

※追記:12/10(木)のアドベントカレンダーを書いていた岡田さんも同じようにPurposeとWell-beingの大切さについて語っていらっしゃいますね。こちらもご覧ください。

終わりに:要するに「やるべきことをしっかりやりませんか」という問い?

だいぶ長くなりましたが、「3つの質問」についてご説明してきました。まとめてみると、
「ジョブ型」の表層に惑わされず、まずは成し遂げたいことを見極めて現場と対話しながら適切な手を講じ(すると「職能」のままでもできることが多いことに気付く)、
「ジョブ型」がもたらす社内の不平等・不公平に向き合う覚悟を持ち、
そして社員のWell-beingを追求する。

こう言ってしまうとなんか当然のことを書いているようですが(すみません…)、今の仕事で10年以上、様々な企業の経営・人事の方々と対話してきて実感するのは、「結局は、やりきる覚悟を決めて現場をしぶとく巻きこみ、論理的に美しくなくても徐々にでも前に進んでいける人事が強い」ということ。「ジョブ型」に関わる方もそうでない方も、これからもぜひ、良い職場・強い組織を作るために試行錯誤を続けてみてください。

やっぱり「人事じゃない人」感出たかな…。青田さーん、私がご指名を受けてよかったのでしょうか?(反響よかったら、今度久々に麻雀しましょうね)
とはいえ、書いてしまったものは書いてしまったもの。お読みいただいた皆さんが、少しでも頷き、参考になると思っていただけたようであれば本当にうれしいです。

最後までお読みいただきありがとうございました。残り2週間を悔いなく走り抜け、2021年も、素晴らしい一年にしていきましょう!

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