飛騨高山の伝統・文化はなぜ守られたのか-名古屋地理学会巡検を通して

先日、名古屋地理学会が主催する飛騨高山の巡検「飛騨高山ー地域の産業・社会・文化の歴史を訪ねる旅」に参加してきた。

名古屋地理学会の会長の中部大学人文学部特任教授 林 上先生が書かれた、風媒社「飛騨高山」の内容を元に、名古屋から高速で約2時間、岐阜県の飛騨高山のミュージアム飛騨、八野大工屋台修理作業所、まちの博物館、平瀬酒造を巡った。その中で飛騨高山の歴史・伝統・文化がなぜ受け継がれてきたのかを地理学的視点から学んだ。

1.飛騨高山とはどんな地域か

高山市は岐阜県飛騨地方に位置する人口約86000人程の都市だ。奈良時代から飛騨国府が配置されているなど、その歴史は古く、中心部には江戸時代からの古民家が多く残っている。また良質な森林が多い飛騨地方は、古くから木の原産地としても有名だ。木工技術が盛んで、飛騨高山の家具は現代でも全国的な知名度を誇る。

高山には、近代化によって失われた、伝統や文化、古くからの街並みが多く残っていることから、近年、多くの外国人観光客が訪れている。そんな高山の伝統や文化はどうやって守られ続けてきたのだろうか。

飛騨産業の木製椅子(ミュージアム飛騨)

2.高山市中心部が果たす(地方)と(中心)2つの役割

飛騨地方の中心都市である高山市中心部(高山市街)は、高山盆地を中心に、周囲を山に囲まれている盆地型都市で、周辺都市(名古屋・岐阜・富山)などへのアクセスに時間がかかる。そのため近年は若年層をはじめとした人口の他都市への流出が進む。

一方で、ほとんどが山岳地帯で構成されている飛騨地方の中では、唯一平野部である高山盆地を有している地域でもあり、そのため飛騨地方の中心都市としての役割も果たしている。飛騨地方の山間部から多くの人が高山に集まっているのだ。それを象徴しているのが平成の大合併だ。平成の大合併では高山市中心部の旧高山市が周辺町村を吸収する形で大合併が実現し、大阪府の面積を上回る日本一の市となった。高山盆地が飛騨地方に与えている影響力がよくわかる。

高山市中心部は、中部地方の中では「地方都市」としての位置付けで名古屋・岐阜都心部などへの流出が起きている一方、飛騨地方の中では高山盆地への一極集中が加速しつつあり、飛騨地方の経済や生活の中心地としての役割も果たしているのだ。

市中心部を流れる宮川

3.商人のまち飛騨高山

高山は関ヶ原の戦い以降、金森氏が支配していた地域であり、1600年頃に飛騨高山城が建築された。金森氏は城下町を作るにあたり商業活動を重視したと言われており、町人地の面積は武家地の面積より1.2倍も大きい面積だったという。(参考:高山市 まちの博物館〈町人地〉より)

高山市 まちの博物館〈町人地〉

しかし、1692年に第6代藩主・金森頼時が突如出羽国に移封となり、それ以降は幕府直属領となった。それにより高山城は廃城となってしまう。「役場」がなくなったことにより、高山の町人の勢いは一層増し、高山は役人の町から商人の町へと変貌を遂げていった。またそのような背景から、高山には大工が中心となった「消防組」といった強力な消防組織も組織された。高山の消防組は火消しの活動以外にも住民自治の活動を行なっており、現在でも高山の地で受け継がれている。

高山市 まちの博物館〈高山の消防組〉

4.飛騨高山の「伝統・文化・景観」はどうして現代まで残されてきた?

飛騨高山の文化・街並みは世界的に有名だ。高山の中心部は、古くからの古民家群が現在でもそのまま残されて、活用されている。景観規制や高山祭などを通して、地域が一体となって、旧来の伝統や文化を守り続けてきているからだ。

また、駅の東側が旧市街として古民家群が残る一方、西側はスーパーや家電量販店などが立地しており、市民のための生活空間が広がっている。

地元の人たちの生活空間と観光地区が、分かれて共存しているところは、まるでヨーロッパの街並のようだ。

高山駅西口の街並み

日本の多くの都市の中心部(旧城下)は、主に近代化と戦争と高度経済成長の3回に渡って都市が大きく変容している。一方で高山市の旧城下町は現在に至るまで(もちろん部分的な建て替えなどはあるが)大規模な再開発などは行われてこなかった。

1つの理由としては、多くの人口を有しており、歴史と文化がある中規模な都市であるにも関わらず、県庁所在地などからのアクセスが非常に悪く、周囲を山に囲まれているため、地理的な要因から、近代化の波から取り残された。という点だ。高山に鉄道が開通したのは昭和9年。他の地域と比べても鉄道開通もかなり遅れている。

2つ目は、古くから幕府との繋がりが強かった地域だったため、伝統を守るという保守的な意識が高かったという点だ。明治時代の初期、新政府が近代化の改革を進めようとする中で、新政府の改革に反対した住民が武装蜂起し、「梅村騒動」が巻き起こり当時の梅村高山県知事を追放。新政府の近代化政策に抵抗した。

このような高山の地理的な性質と歴史的な要因が、近代化、高度経済成長の影響を比較的受けずに、高山の文化を現在まで継承し続けてきたのだ。

5.高山盆地の地理環境

高山盆地は570Mの高さにある盆地で、周囲を高い山で囲まれている。飛騨地方のほとんどは森林で構成されており、森林面積はなんと92.5%にも及ぶ。その中で唯一の平地を有する高山盆地は飛騨地方最大の都市として発展を遂げた。

また、高山市は比較的コンパクトな都市とも言える。高山盆地の面積は甲府盆地などと比べて極めて狭く、平地が少ない。そのため、開発可能な地域が非常に限られるため、スーパーや商業施設などの生活圏が徒歩圏内で完結している。

6.「地域」を大切にし、地域内の循環を大切にする飛騨高山の人々の精神

今では飛騨高山の文化・伝統・街並みは世界的に有名であるが、これまで、高山の文化が継承され続けてきたのは、高山の人たちの中にある、昔からの文化を守り続ける精神にあるのだと、今回の巡検を通して学んだ。

巡検の最後に、高山で300年に渡って地酒を製造している「平瀬酒造」というところを見学した。平瀬酒造のお酒を求めて、国内のみならず海外からも多くの人が訪れるのだという。

高山の地酒をブランド化して輸出しないのか。との参加者の質問に対し、「輸出したら価値はなくなってしまう。高山で作って、高山で飲むことに価値がある」と言っていた。地域で生産し、地域で消費する。これこそ、地域を大切にする高山の人たちの精神であり、高山の文化の原点であり、そして、これからの日本が歩むべき道であると実感した。

地域活性・まちづくりを目的とした新しい団体を作ることになりました

まちづくりや地域活性に興味のある若い世代を繋ぎ、未来の日本について議論・共有していく、新しい団体を立ち上げることになりました🙌🙌🙌

今、メンバーで団体名などを決めているところです。僕が団体を立ち上げようと思ったきっかけなどを書いたので、是非お読みください🙋‍♀️


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東京港区生まれ港区育ち。2002年生まれ(17)「高校」に通っていない高校3年生。 学生団体クリネクション共同代表。名古屋の情報を発信する名古屋プレス編集者。中学生の時に政治に関わる学生団体で活動していました✨「地域」をテーマに新しい時代の社会のあり方について発信していきます🙌
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