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料理男子はこう育つーー⑤アッチみたいなコックさんになりたい!

 ボクのこのお話に何回か出てきた「おばけのアッチ」。小さなおばけのコックさんだよ。「おばけのアッチ」は、「魔女の宅急便」の原作者の角野栄子さんが、うちのお父さんお母さんが生まれた頃からずっとずっとずーっと書いてくれているお話。
 
 ボクが「おばけのアッチ」と出会ったのは、年長さんの6月ごろ。お母さんが目医者さんに行くので一緒についていった。目医者さんの待合室には絵本がなくて、つまんないなぁーと思っていたんだけど、おばけがカレーを食べている絵がかいてある本があったから、お母さんに「これ読んで!」と持っていった。その本は『カレーライスはこわいぞ』だった。

 お母さんは「え、これぜんぶ読むの?」と驚いていた。絵本じゃなくて、分厚い児童書だからね。お母さんに小さい声で読んでもらいながら、ボクはあっという間にアッチの世界に引き込まれた。
 この本のときは、アッチはまだコックさんじゃないんだけど、料理がとても上手で、こわい顔のおばけになるために、からいからいカレーを作るんだ。ボクはすっかりアッチになりきって、次はどうなるの? こんなにからいカレーを作って食べちゃったアッチはどうなるの? ってドキドキした。
 お母さんが先生の診察を受けている間が待ちきれなくて、待合室に戻ったらまたすぐに続きを読んでもらった。途中でアッチがカレーライスを作りながら歌を歌うんだけど、それもお母さんにちっちゃい声で歌ってもらった。お会計を払い置えても、「さいごまで‼︎」と頼んで、ぜんぶ読んでもらった。

 アッチに会いたーーーーい!

 ボクはすごくそう思った。お母さんに「アッチの本がほしい!」とすぐにお願いした。
 そのときは東京の府中に住んでいたから、お母さんの自転車に乗って駅前の本屋さんへ行った。アッチの本は1冊だけあった。わーい!
 初めて買ってもらったアッチの本は『ハンバーグつくろうよ』。

 アッチは「おいしいものをたべるのもすきだけど、おいしいものをつくるのはもっとすき」なおばけだよって紹介されていた。ボクもそう。アッチになりたい!って思ったんだ。
 だから、「もっともっとアッチの本を読んでみたい‼︎」という気持ちがふくらんだ。

 それで、お母さんと今度は図書館に行くことにした。本はネットでポチっと買うこともできるけれど、お母さんは、本屋さんとか図書館で本に出会えたときの喜びが大きいから、ネットでは買わないで、いつもそうしてるんだって。
 最初に家から一番近くの中央図書館に行ったら、アッチの本は2冊あった。すぐに図書館でアッチの本を読んだよ。もっとアッチに会いたいから、検索機でお母さんに調べてもらった。
 アッチの本は中央図書館にもっとたくさんあるはずなのに、人気だからたくさんの子どもたちが借りちゃっていて、ここの図書館には残っていないということがわかった。
 お母さんが、「西府とか新町の図書館にはあるみたいだよ」と言うので、それで、よーちえんのあととか土曜日に、府中市内のあちこちの図書館へ、お母さんとアッチの本を探す旅を始めたんだ。
 
 ちなみにお母さんの自転車は電動ではなかったから、年長さんのボクをのせてこぐのはけっこうくたびれるみたいだった。でも、まだ読んだことがないアッチの本がどこかの図書館にあるとわかれば、「△△図書館まで行こう!」と誘ってくれて、頑張って漕いでくれた。

 ボクの心の中にアッチがやってきた年長さんの7月、ボクは「おとまり保育」があった。
 ボクが通っていたよーちえんはちっちゃいところだったから、年長さんの「ひまわり組」は男が4人、女の子が5人の全員で9人しかいなくて、みんな仲良しだった。担任の先生のおのっちとみんなで「ひまわりかいぎ」を何回もやって、おとまり保育ですることとか、夕ごはんと朝ごはんのメニューも自分たちで決めて、前の日にはみんなでスーパーに買い物に行った。ボクの買い物の担当は、「卵」だった。

 もちろんボクは、メニューを決めるかいぎでもはりきったよ。誰が何を買うかを決めるときだって、「卵」にりっこうほしたんだ。スーパーに着いて、急いで卵売り場を探して、卵をカゴに入れて、レジでお金を払って。割らないようにそーっとそーっと。
 一番緊張したのは、買い物カゴからエコバックに卵を入れるときだった。エコバッグを持ったまま卵を入れるのはむずかしかった。だから、ボクはエコバックを床に置いた。そしたら、友達のダイキチがバッグの入れるところを広げて、持っててくれたんだ。おかげで両手で卵をそーっとバッグに入れることに成功した! ダイキチのおかげ、ありがとう!
 卵を入れたエコバッグをしっかり持って、よーちえんまで歩いて帰った。「落としたら割れちゃう!」っていう緊張感で、そのときのボクの顔はとっても真剣だった。誰も話しかけてこないで、って、こわい顔をして歩いたんだ。
 
 お家に帰って、おとまり保育の準備をしているとき、ふと思った。
「おとまりがんばったら、アッチが来てくれないかなぁ〜」

 それを聞いたお母さんが、「きっと来てくれるよ」と言った。「ホントに!?」。ボクはおとまり保育もとーーーっても楽しみだけど、おとまりから帰ってくるのも楽しみになった。

 おとまり保育が終わって、お父さんとお母さんが迎えに来てくれた帰り道。ボクはお母さんに聞いた。「ねえ、アッチ来た?」
 おとまり保育の楽しい話もいっぱいいっぱい話したかったんだけど、一番気になっていたのは、うちにアッチが来てくれたかどうかだ。

 「来たよ」

 家に帰ると、お母さんが作ってくれたアッチが待っていた。
 わぁー、アッチだ〜〜〜。

 お母さんは、ボクがおとまり保育に行っている間の一晩でアッチを作ってくれた。といっても、夜はひまわり組のお母さんたちと飲み会をして、その足でお泊まり保育でボクたちが寝ている姿もよーちえんにのぞきに来ていたみたいだから、ほとんど寝ずにアッチを作ったらしい。
 お母さんは気合いが入るととんでもないスピードと集中力でやり遂げてしまう。そういう時は話しかけないほうがいいって、ボクは知ってる。だから、おとまり保育の日に「アッチ」を頼んだんだよ(笑)


参考文献:
角野栄子「小さなおばけシリーズ カレーライスはこわいぞ」ポプラ社
角野栄子「小さなおばけシリーズ ハンバーグつくろうよ」ポプラ社


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