男女の情愛を暴露した『問はず語り』を和歌から読み解く①
『問はず語り』について
作者は、源雅忠の娘。昔の女性の名前が分からないのはよくあることです。
書名は「誰も尋ねていないのに語る独り言」というような意味。聞かれたくないような聞いてほしいような、複雑な思いを感じます。結びには「そのおもひをむなしくなさじばかりに、かやうのいたづらごとを、つづけ置き侍るこそ。」(寵愛を受けた後深草院への思いを儚く散らしてしまうのも忍びないので、このような無駄でみだらなことを綴っていく)と述べています。
鎌倉時代の日記文学における傑作の一つです。
そんな問はず語りには多くの和歌が詠まれています。その和歌たちには相手を良くも悪くも想う心が描き出されています。そこで、和歌に込められている想いをともに読み解いていきましょう。
和歌1 西園寺実兼→作者
つばさこそ重ぬることのかなはずと着てだになれよ鶴の毛ごろも
訳
夫婦の約束を結ぶことができないとしても、せめてこの着物を着慣らしてください。
西園寺実兼は、作者の初恋の相手でした。2人は相思相愛でしたが、作者が後深草院の側室になる事が決まってしまいました。このとき作者14歳。実兼は作者が院の側室として召されることに反発し、「つばさこそ…」の和歌と着物を作者に贈りました。しかし作者はそれを送り返しました。
「翼を重ねる」は、結婚の約束をすること。
白居易の『長恨歌』にある、
在天願作比翼鳥(天に在りては比翼の鳥となり)
に由来するといわれています。
比翼の鳥は、中国の伝説の生き物です。雄と雌それぞれ1つの翼しかなく、空を飛ぶときは寄り添って助け合わなければなりません。そこから、「比翼の鳥」は仲睦まじい夫婦のことを指す言葉となります。
白居易の『長恨歌』は、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を詠んだものです。実兼は、自身の愛が叶うことのない無念さを、玄宗と楊貴妃の話に重ね合わせていたのかもしれません。
「鶴の毛ごろも」は、着物のことを指します。
縁語
翼→鶴
重ぬる、馴れ→衣
和歌2 作者→西園寺実兼
作者が着物を実兼に送り返すときに付した和歌です。
よそながら馴れてはよしや小夜衣袂の朽もこそすれ
訳
あなたのもとから離れてしまうというのにこの小夜衣(夜着)を着慣らしてもいいものでしょうか。あなたのことを想う涙で袂が朽ちてしまいます。
未練を断ち切ろうとする作者の葛藤が伺えます。
和歌3 西園寺実兼→作者
それに対して実兼も負けていません。
再び着物を贈り、次の歌を詠みます。
契おきし心の末のかはらずばひとりかたしけ夜半のさごろも
訳
私と夫婦となる約束を忘れずにいてくださるのなら、それが叶うときまで独りで寝てください。その着物を着慣らして。
とても強引です。その強引さに負けたのか、作者はその着物を着て後嵯峨院の御幸に出仕しました。
参考文献
玉井幸助校訂『問はず語り』岩波文庫
三角洋一校注『とはずがたり たまきはる』岩波書店 新 日本古典文学大系50
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