哲学者パースから考える仮説推論と人工知能

近年、第三次AIブームにより、AIの発展が顕著になっており、(タンパク質構造の予測モデルや物理法則などの)科学の研究でさえAIが活用されている。しかし、そのどれもがビッグデータを用いた帰納的な処理によって成されており、科学のルールを一切踏まえず行われている。例えば、物理法則の発見では、物理学の知見を考えることなく、大量の物体観測データから法則を見つけ出している。
AIはヒトのような科学的思考法を行うことができるのかという疑問が出てくる。
そこで、ヒトの科学的思考法について整理するために、哲学者パースについて参照する。
パースにによれば、科学的探究の諸方法は分析的推論と拡張的推論に分かれるとされる。分析的推論は第二次人工知能ブーム時に活躍したif-then構文を用いたエキスパートシステムのアルゴリズムなど、演繹法が該当する。
そして拡張的推論には帰納的推論、そしてアブダクション ー以下、仮説推論とするーとに分けられる。

帰納法は観測した事実に基づいて一般化を行う推論だが、仮説推論は観測した事実を説明するための仮説を形成する推論である。ここで重要なことは、仮説推論は観測したものと違う種類の何かを仮定する。
例えば、地面が濡れているという観測に対して、昨日は雨が降ったと言う知識を得た場合、雨が降ったことで地面が濡れたのだと仮説が立てられる。近くにスプリンクラーが設置されているという知識を得た場合、スプリンクラーによるものだと言う仮説も立てられる。また、このような仮説の候補を候補仮説と呼び、その中で最良の仮説を解仮説と呼ぶ。
つまり、仮説推論は別の種類の事実を推論する飛躍的行為であり、その過程には洞察(閃き)と仮説の採択の2段階が存在する。(米盛,アブダクション2019)
この仮説推論に着目する。

例えば、ヒトの場合、予想外の結果からひらめきや思い付きなどをするが、パターン処理により機械学習を行う非記号的AIでは、帰納に基づいた推論の枠組みを超えることはないのである。また、記号表現により論理的推論を行う記号的AIでは膨大な情報の扱いが難しい為不十分な推論となってしまう。

パースは特に洞察(閃き)というものは、進化人類学における自然淘汰の過程でヒトが獲得した生得的な能力であると述べた。
この事から、AIがヒトのよう"な"仮説推論を行えるか、即ち仮説推論の自動化が可能であるのかという命題を作ることができる。
ヒトに備わる生得的システムが関わるのであれば、この命題には情報科学における構成論的アプローチだけでなく、ヒトの認知の観点から考えることが重要であると考える。この仮説推論の自動化について行動科学の観点から研究していくことはひとつの鍵になるのではないか。

先行研究では、第二次AIブーム時には、CMS(Reiter and de kleer1987)やALP(kakas et.al 1992)など、様々な仮説推論の自動化システムが提案されてきたが、必ず精度の高い候補仮説を得られる訳ではない(阿部明典2021)。他にも、SOLAR(AI Commun.,vol.23,pp183-203)では仮説採択に条件付き確率を使用しており、洞察(閃き)に求められる背景知識を含め、ヒトが有する仮説推論の機能を完全に実装したシステムの実現は困難であるように思われる。

アプローチにあたり、仮説推論を洞察(閃き)と仮説採択の2つの課題として分け、ヒトはこれらの思考法をどう操作するのかを考えていきたい。

例えば、洞察(閃き)については、AIでは膨大な背景知識の獲得が難しいとされるが、ヒトがアナロジーとの関連で仮説の推論を行っているのではないかと考えることができる。類似した研究には、対象領域に依存しない推論の枠組みであるメタ推論とアブダクションとの融合を図る研究(井上克己2015)も存在している。

仮説推論とAIの研究は今後の情報工学及び、認知科学の分野にとって大きな知見となることは間違いないと考える。

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