あかり
「ねえ、パパ怖いよ。」
映画が始まる前、客席の照明が落ちると、あかりは私の手を握ってきた。
★
あかりの部屋は2階にあり、いつも、この部屋で遊んでいた。
電気のスイッチに背が届かなかったあかりは、夕方になると、2階からパパを呼びつけた。
「パパ、電気つけて。」
私が2階に上がると、電気のスイッチの下であかりが待っている。私は、あかりを抱きかかえ、まっすぐに伸ばされた人差し指で、スイッチを入れた。
「明るくなったね、パパ。」
あかりが、もう少し大きくなって、お風呂上がりに鏡台で髪を乾かしていた時のこと。
帰宅した私が、あかりの部屋をノックして開けた。
「ただいま、あかり。」
「お帰り、パパ。」
私には、部屋を出るとき無意識に電気を消してしまう癖があった。
プチッ。
「消さないで、パパ。」
あかりが、ストレッチをしているときも、鏡で洋服を合わせているときも、机の下に落ちた消しゴムを拾おうとしていたときも、電気を消しては、怒られた。
「ねぇママ、パパには私が見えないのかな。」
あかりは、学校でも、ときどき電気を消されると言っていた。控えめでおとなしい子だからと済ましていたが、あの時、気づいてやればよかった。
でもね、あかり、自分でスイッチを切ることはなかったんだよ。
あの日から、あかりの部屋は暗いままだった。
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冬のある日。
「ママ、あかりの部屋の電気がつけっぱなしだよ。」
私は、電気を消そうと2階に上がり、あかりの部屋のドアを開けた。小さなテーブルの前に、あかりがちょこんと座っている。テーブルの上には、バースデーケーキが載せてあり、火のついたろうそくが私の歳の分だけ立っていた。
「パパ、お誕生日おめでとう。ろうそくの数、これで合ってるよね。」
あかりは、私を見て微笑んだ。あの時のあかりのままだ。
「ありがとう、あかり。パパの誕生日、覚えていてくれたんだね。」
あかりに促されるまま、部屋の電気を消すと、ろうそくの光に、あかりの顔が浮かび上がってきた。
「あかり。」
いつまでも、あかりの顔を見ていたかった。でも、あかりが消してという顔をするから、貯めた息で、1本ずつ、ろうそくを消していった。最後の1本になった時、あかりが消えてしまわないように、そっと目をとじた。
「パパ。」
ろうそくの光がまぶたに映る。
★
エンドロールが流れ、周りがしだいに明るくなってくるのがわかる。
「パパ、パパ。」
遠くから、声が聞こえた。
(おわり)
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