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あかり

「ねえ、パパ怖いよ。」

映画が始まる前、客席の照明が落ちると、あかりは私の手を握ってきた。

あかりの部屋は2階にあり、いつも、この部屋で遊んでいた。

電気のスイッチに背が届かなかったあかりは、夕方になると、2階からパパを呼びつけた。

「パパ、電気つけて。」

私が2階に上がると、電気のスイッチの下であかりが待っている。私は、あかりを抱きかかえ、まっすぐに伸ばされた人差し指で、スイッチを入れた。

「明るくなったね、パパ。」

あかりが、もう少し大きくなって、お風呂上がりに鏡台で髪を乾かしていた時のこと。
帰宅した私が、あかりの部屋をノックして開けた。

「ただいま、あかり。」

「お帰り、パパ。」

私には、部屋を出るとき無意識に電気を消してしまう癖があった。

プチッ。

「消さないで、パパ。」

あかりが、ストレッチをしているときも、鏡で洋服を合わせているときも、机の下に落ちた消しゴムを拾おうとしていたときも、電気を消しては、怒られた。

「ねぇママ、パパには私が見えないのかな。」

あかりは、学校でも、ときどき電気を消されると言っていた。控えめでおとなしい子だからと済ましていたが、あの時、気づいてやればよかった。

でもね、あかり、自分でスイッチを切ることはなかったんだよ。

あの日から、あかりの部屋は暗いままだった。



冬のある日。

「ママ、あかりの部屋の電気がつけっぱなしだよ。」

私は、電気を消そうと2階に上がり、あかりの部屋のドアを開けた。小さなテーブルの前に、あかりがちょこんと座っている。テーブルの上には、バースデーケーキが載せてあり、火のついたろうそくが私の歳の分だけ立っていた。

「パパ、お誕生日おめでとう。ろうそくの数、これで合ってるよね。」

あかりは、私を見て微笑んだ。あの時のあかりのままだ。

「ありがとう、あかり。パパの誕生日、覚えていてくれたんだね。」

あかりに促されるまま、部屋の電気を消すと、ろうそくの光に、あかりの顔が浮かび上がってきた。

「あかり。」

いつまでも、あかりの顔を見ていたかった。でも、あかりが消してという顔をするから、貯めた息で、1本ずつ、ろうそくを消していった。最後の1本になった時、あかりが消えてしまわないように、そっと目をとじた。

「パパ。」

ろうそくの光がまぶたに映る。

エンドロールが流れ、周りがしだいに明るくなってくるのがわかる。

「パパ、パパ。」

遠くから、声が聞こえた。

(おわり)

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