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かんなちゃん

ここは、大手ゼネコンの会長室。私は、会長の机の上にいる。会長がパソコンの電源を入れると、3面あるディスプレィが一斉に光りだし、この部屋の様子を映し出した。会長は、私を包んでいた風呂敷を広げ、桐の箱のふたを取って、仰向けにされた私に向かって、ささやいた。
「かんなくん、今日もよろしく頼む。」
私の名は、かんな。会長の懐刀として、極秘任務にあたっている。そもそも、会長と私との馴れ初めは、会長が高級なかつお節を食べたいと言って、かつお節削り器を買ったことに始まる。まあ、端的に言えば、そこに付いていたかんなが私だったというわけだ。

今日も、秘書室の白石マリがやってきて、いつものように、文書を決裁箱の中に入れ、会長に一礼して立ち去ろうとしたのだが、会長は、私の歯を中指でやさしくなぞりながら、
「白石君の後ろ姿が見たいな。」
と可愛くつぶやくので、私は、仕方ないなと思いながら、部屋を出ようとした白石の肩から尻までを、シューッと一直線に撫で下ろしてやった。あらわな姿がディスプレィに映し出されると、会長は、
「最近の若い人は、こんな下着を付けているのか。」
と、ニンマリした。

こんなこともあった。会長と社長が、経理部長の髪の毛がふさふさで生意気だと話していたので、天誅をくらわそうと、経理部長の頭の真ん中を一滑りしてやった。すると、翌日から、経理部長は帽子をかぶって出社するようになった。ざまあみろ。

しばらくすると、私のことが社内でうわさになった。聞きつけた工務部長が、会長がいない時を見計らって、私のところにやってきた。部長は、ディスプレイに映し出された施工中のマンションを指さして、
「基礎の施工不良で傾いたこのマンション、なんとかならないでしょうか。」
と泣きながら訴えるので、最上階の梁(はり)をほんの少し削り、高さを合わせてやった。入れ替わりに、鉄道部長が橋桁の段差を訴えてきたので、レールの表面だけを平らにしてやり、続く、リフォーム部長のためには、壁をつるつるに仕上げてやった。専務がどうしてもと言うので、事業整理、経費削減、残業削減のために、excelから「特別な理由」を削ってやった。

会長は、3面ディスプレィで映し出されたこの街を眺めている。整えられた街区、空に向かって真っ直ぐ伸びるビル、ピカピカの外壁、何ひとつ申し分のないこの街に、かんなは、満足していた。だが、会長は、あくびをし始めた。
「みしっ。」
かすかな音が、かんなにだけ聞こえた。

(了)

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