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目の中のクジラ

私は、右目の中にクジラを飼っている。

クジラは、たいてい大人しくしているが、時々、目の中を泳ぎ回る。

今、右上から飛び込んできた。

ざぶーん、ざぶざぶざぶざぶ。

尾っぽをくねらして、目の真ん中辺りまで、泳いできたかと思うと、

しゅるるるる。しゅるるるる。

今度は、身体ごとトルネードして、

ぴよーーん。

また、吸い込まれるように、右上の方に戻って行った。

私は、飛蚊症という病気を患っている。この病気は、網膜の一部が剥がれて水晶体の中を彷徨い、目が映し出す像に黒い影を落とすというものだ。影の形もいろいろあって、それこそ、蚊だとか、ミミズだとか様々に形容されているが、私の場合、影がかなり大きくて、クジラのように見えるのだ。年月の経過とともに、影にピントが合わなくなって自然に治るそうだが、その間、この鬱陶しい影と付き合っていかなければならない。

クジラは、考えごとをしている時に、よく現れる。

「えーと、今日の仕事の段取りはー・・・」っと、

ざぶーん、ざぶざぶざぶざぶ。

また、クジラが飛び込んで来やがった。

「あれして、これして、それから・・・」、

しゅるるる、しゅーるるる。ヤッホーイ。

チェ、ひとの目の真ん中で、気持ちよさそうに泳いでやがる。

「あれー、今日何するんだっけ!」

知らねーよ、カーバ。

車の運転をしていても、クジラは現れる。

右車線に合流するとき、首をひねって、右の方に目をやると、

パラパー、パラパー、パッパラパーのパー。

と、本線の車なんかお構いなしに、バイクに乗ったクジラが、ケツふり運転しながらやって来る。

「どけよ、車が見えないってば。」

ヒトが見るクジラのケーツ。

映画を観てる時なんか、スクリーンいっぱいの大草原の映像にかぶって、

                     クジラ。

はいはい、あんたが主役です。

ニコ動なんか、泣けるシーンなのに、

クジラ):クッッッッッッソワロタwwwwww

お前が、コメするな。

BIGO LIVEで、新人ライバーに入れ込んでるけど、

クジラ):お花GOちゃん×10000

そんな金、チャージできねーよ。

でも、一番困るのは、クジラのせいで、私が誤解されることだ。

テーブルの向こうで、A子さんが前かがみになって、資料を束ねてる。

こっち、こっち。

「え、」

こっち、だってば。

「なにが?」

ほら、そこ。

私は、A子さんの胸元は見ていない。

ウソつけ!

クジラとはお長い付き合いになることは、わかっている。でも、どうしても、出てきてほしくない時もある。

例えば、こんな時。

社長:「君、これは一体どういうことかね。」

私:「あのー、それはですね・・・。」

べろーん。

クジラが、上から顔だけ出して、様子をうかがってやがる。

追い返そうと、目の玉を右上の方に持って行くと、

社長:「君、言い訳でも考えてるのかね。目が泳いでるぞ。」

スイスイ、スイスイ。

お前が泳ぐな。

おや、クジラが、やけに真顔で私を見てる。

見たくないものから、目をそらしちゃダメ。

クジラを見つめると、視線が真っ直ぐになった。

私:「本当に申し訳ございません。」

逃げちゃダメ、現実を見て。

社長の目にピントを合わすと、逆にクジラが見えなくなった。

私:「現状をしっかり分析して、次期には必ず挽回してみせます。」

社長:「わかった。次に期待してるからな。」

むしゃくしゃする時は、ビルの屋上に行くに限る。

木製のベンチに寝転んで、空を見上げた。

今日は、きれいな青空だ。

クジラは、尾を跳ね、ジャンプして、空を泳ぎ回っている。

思わず、右手を伸ばして、クジラをつかもうとした。

つかめるはずないよ。ぼくは、君なんだから。

大空から、クジラの声が聞こえた。

クジラがいる空も悪くないや。

そっと、目をつむる。

                    fin

この投稿は、キナリ杯に応募するものです。岸田奈美さん、素敵な企画をありがとうございます。


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