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初もみじ

与作は、きみどり色のまんじゅうを眺めていた。
与作の左には赤子を抱いた妻が、右には爺がまんじゅうを眺めている。
「何かが足らぬ。」
与作は、そうつぶやくと目を閉じた。

与作の前には山があり、その頂にはもみじの木がある。与作は、腰に竹筒を付けて、正面から山に登っていった。竹筒には筆が二本と赤と黒の墨壺を忍ばせている。与作が駆けると、筆が触れ、カタ、カタと音を立てた。

女がいた。女には、赤子がいて、亭主の借金がある。今日中に山を越えて隣国まで逃げねば命がない。女は赤子を背負い、左から山に登っていった。着の身着のままである。赤子の手にあるでんでん太鼓は、女の歩調に合わせ、トン、トンと拍子を打った。

侍がいた。侍には妻がいる。子はなく、妻は病に臥せっている。「赤子の手のようなもみじを見せてやりたい。」侍は、白馬にまたがり、右から山に登っていった。右手には太刀を、左手には手綱を持って、迫りくる枝葉を打ち払いながら、パカラ、パカラと山道を駆けて行った。

最初に、女が山頂にたどり着くと、みどりの葉でいっぱいになったもみじの木があった。太陽が木のちょうど真上にさしかかったので、赤子は太陽をつかんでみたくなった。女が木の真下を通り過ぎようとした時、赤子は、でんでん太鼓を放り出し、右手をスクッと上に伸ばした。

与作が山頂まであと一歩の所にたどり着くと、もみじの木が見えた。もみじの木は、みどりの葉で覆われていたが、そのあい間から、一枚のあかい葉が顔を出していた。与作は見つけると、逃すまいと筆を構えた。

少し遅れて、侍が山頂にたどり着き、もみじの木にあかい葉を見つけた。「初もみじだ。」侍はうれしくなった。侍は、太刀を振りかざしながら、もみじ目がけて一目散に馬を走らせた。白馬がでんでん太鼓を踏みつけ、大きくいなないたその時、
「えぃっ。」

与作はカッと目を見開いた。

(続く)

この作品は、逆噴射小説大賞2019に応募するものです。


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優まさる
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