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危険な誘惑

パウンドケーキを
作りたいと君が言うので
無塩バターを買いに行った

長男に自転車を貸してと言うと
サドルを高くしたので
僕では危ないと断わられ

それでも乗ってみると
乗れなくもないが確かに高く

往復2キロの間に
上り坂2回下り坂2回
やっぱり自分の自転車にした

400円位かなと言われた無塩バターは
大きな塊のしかなく税込1110円もした
手持ちは1300円しかなかったので
危ないところだった

危ない危ない
危ないが幾つも


キッチンで絞ったレモンの香りが
リビングまでやって来て
後頭部に突き刺さる

危ない危ない
誘惑には弱いんだ

次にやって来た香りは
香ばしくも甘酸っぱく
胃袋にどんどん貯まっていく

「50分くらいかかるから」

出来上がる頃には
体じゅう胃袋になってしまってそうだ

きっと君はまず半分に切って
その半分を4つに分けて
1人分とするだろう

そしてきっと
「残り半分は明日」と言い
「でも食べてもいいよ」と僕を誘う

危ない危ない
もう何十年もそう誘われ
ずっと断われずに来て

いっつもなんでも食べ過ぎて
人には言えない負の伝説を
残して来ている

もう僕の胃袋は
コメカミの辺りまで
大きくなっている

どうかすっぱ過ぎて
もしくは甘過ぎて
最初のひと切れさえ
残せますように

えっ何?
焦げてる?




そういえば君は
まっくろハンバーグや
まっくろカラアゲという名作を
いくつも作り出してきていて
今も3日に1回はまっくろトーストを作る
まっくろ名人だ

まっくろな部分を削ぎ落としたら
かなりのカロリーオフになるだろう

これは期待出来る
誘惑と期待はいつも背中合わせだ

でも僕の背中はもう
胃袋になっている

さあ出来たか
いや冷まさなくてはならないか
さて僕はどうなってしまうのか


うまい!うまいぞ!
焦げてるのはお店だったら
ギリギリアウトだろう

だけど家庭でなら大丈夫
蜂蜜レモン汁をかければ
焦げて固い所も程よくほぐれ
大人の味になってる

下の息子が「かけない方が好き」
と言うのも納得できる

発見だけど
あまりにうまいと
いっばい食べなくても
大丈夫になるようだ

よかった
短くも長い戦いだった

こうして僕は
危険な誘惑に勝って
明日に楽しみを残せた

この春
僕は少し大人になった

と思う

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