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美少女戦士(28)★ティアスター

『のぞみ。どうかこのティアペンシルを使って私たちを救って。』

聖なる女王ゴットハートがクリスタルに輝くペンを指し出す。制服姿の私は戸惑いながらも受け取った。

『ティアホワイト!変身!』

無意識のうちに意味の分からない言葉を発する自分に驚きながらも、ティアペンシルを宙で回すと衣服が、制服からかなり派手な衣装にチェンジされた。

『のぞみ!これでブラックタイガーを倒すんだ!』

猫の黒≪クロ≫が敵を指さして叫ぶ。私はティアペンシルを握り直すと、敵に向かって走り出した。

*************

PPPPPPPPPP‥‥

頭の上でスマホが鳴っている。のぞみは目を閉じながらそれを止めると、寝返りをうった。5分おきにそれを繰り返すとようやく瞼を押し上げた。

パジャマのまま居間へ出て、薄目のままパンを焼いてかじっていると2階から真凛が降りてきた。こたつになだれ込むように入って来る。

「おはよう。」

「おは。」

「夜勤?」

ボサボサの髪と顔色から、恐らく夜勤明けだと察したのぞみは、無言でインスタントコーヒーを2人分用意し始めた。

「私もコーヒー飲みたい~!」

出勤準備をばっちり整えた春子が、自分のマグカップを並べる。

「こんなに朝揃うの珍しいね。」

思わず呟いたのぞみに春子は笑いながらコーヒーを飲み干す。

「今日、久々の早番なの。」

そう言うとコーヒーをほぼ一気飲みし、春子は居間を後にした。

「いってらっしゃい。」

春子をこたつから見送ると、のぞみも身支度を整える。最近は、マスク生活を良いことにファンデーションの塗らず、アイラインと眉毛だけ描いて終わりという何とも時短すぎるメイクで済ませてしまっている。

(やば。こんなところにニキビできてる。)

あごにニキビを発見し、うんざりとする。学生の頃の初々しいものではなく、一歩取り扱いを間違えるとたちまち跡になってしまうややこしい奴だ。薬を塗らないと。

「行ってきます。ちゃんと布団で寝なよ。」

こたつでうつ伏せになっている真凛に言いながら、のぞみは”青い家”を出た。

*************

「本田さん。ちょっと。」

チーム長に呼ばれたのぞみはPCから顔を上げた。斜め前に座るチーム長は、ここでは話しにくそうに手招きをして会議室へ呼び出した。

何事かと構えながら部屋に入ると、彼はいつもの元気のない笑みを浮かべて1枚の紙を広げた。

引継ぎ表と書かれたそれを見て、のぞみは目を見張った。4つ上の先輩の名前が書かれたそれを見て、思わず天を仰ぐ。

(最近、よく会社を休んでるなって思ってたけど、そういうことか。)

「そろそろ皆にも言うんだけど。前原さん、おめでたなんだよね。」

「2人目でしたっけ。」

「そうそう、体調も良くないみたいだし。産休に入ることも考えて、案件の引継ぎを順次していきたくてさ。」

「…代わりの人は入って来ないんですか。」

「勿論、上には言ってるんだけどね。まぁ、どこも人手不足だし。産休だと人員調整も難しいみたいで。」

チーム長はそう言うと、引継ぎ先に本田と記載されたいくつかの業務を説明し始めた。耳半分で聞きながら、のぞみは内心頭を抱える。

(今でも一杯一杯だってのに、これ以上どうすりゃいいのよ。私も産休は入りたいわ。)

渦巻く気持ちが表情に出ていたのか、チーム長は説明の最後にこう付け加えた。

「まぁね、本田さんも忙しい所大変だとは思うんだけど。忙しいのは皆同じだから。お互いフォローしていこう。助け合いだからね。」

*************

夜22時。オフィスフロアの電気がぽつりぽつりと消されていく。のぞみはPCの電源を落とすと凝り固まった肩を回した。周囲を見るとまだ数人キーボードを叩いている。最終フロア退出者になると何かと面倒な確認があるため、急いで机を片付けた。

(全然終わらなかった…)

明日に回したタスクを数えてげんなりしながら、少し春めいた風が吹く始めた夜道を進んでいく。その時―

Vivivvivivi‥‥

鞄の中で何かが振動した。確認すると、クリスタルのティアペンシルが振動を繰り返してる。

(早く家に帰りたいのに…)

残業帰りには厳しい呼び出しだったが、無視するわけにも行かない。のぞみは人気のない路地に入り込むと、ペンシルを宙で回した。

『ティアホワイト。変身。』

小声でつぶやくと、衣服が戦士服にチェンジされる。身軽になったその恰好で、ペンシルが指し示す方向へ急いだ。

*************

「ただいま。」

「お帰り。今日はいつにも増して遅かったね。」

居間で力尽きてこたつに滑り込んだのぞみの背を真凛は労わるようにさすった。

「残業後の戦士活動は厳しいよ。」

「え、まじ。そんな時間にブラックタイガー出たの。」

「うん…。一撃でやっつけたけど。」

夜の公園で男に憑りついたブラックタイガーへの攻撃にイライラをぶつけてしまったのは内緒だ。

「でもまさか、28にもなってティアスターの活動してるとは思わなかったよね~。」

風呂上がりの春子は苦笑いを浮かべた。のぞみも溜息をついて今日の状況を振り返った。

「ほんとそれよ。アラサーにもなって美少女戦士やってるとは思わなかったわ。」

「美少女戦士って自分で言うの~?」

『君たちが全然ティアラを集めてくれないからだ!』

何処からか声がすると探すと、こたつから猫の黒が不服そうに顔を出した。のぞみは手を伸ばして、柔らかい頭を撫で上げる。

「初めに言っておきなさいよね。ブラックタイガー50体につきティアラ1個だって。7個集めるのに350体も倒さないと行けないなんてこっちが聞いてないから。どんだけコツコツ活動してるか。」

強めに撫でまわされ、肉球をもふもふされて黒は押し黙った。真凛もそこに参戦し、背中を撫で始める。

「出会わない時は出会わないし。なかなか倒せない時もあるからねぇ。そんな風に文句を言われても。」

『べ、別に文句は言っていない!ゴットハート様も時間をかけてよいと仰ってるし。…それに、これは君たちの世界を守る戦いでもあるんだからな。そこのところちゃんと思い出しなよ!』

黒は身をよじってのぞみ達から抜け出すと苦し紛れに叫んで、居間を後にした。

「私たちの世界を守るね…。その前にまず私を残業から救ってほしいわ。」

「のぞみ、最近本当に帰り遅いよね。…大丈夫なの?」

真凛の心配する言葉に、のぞみは力なく微笑んだ。

「また忙しくなりそうなんだ。…先輩が産休に入るらしくて。」

「そりゃあ、めでたいことだね。」

真凛は小さく呟いた。

「そうなのよ。めちゃくちゃ、めでたいことなのよ。好きな先輩だし、私だって嬉しいよ?…私だって素直に喜びたいんだよ!」

こたつを叩きながら、のぞみは続けた。

「つくづく自分の性格の悪さに涙が出るけどさ。でも、仕事のしわ寄せが来るのはこっちなのよ。欠員1の状態で回さなきゃ行けなくなるのよ。…先輩はさ、それで2人目授かって家族増えてハピネスじゃん?そのしわ寄せが私に来るのって意味わからなくない?…助け合いって、私産休取る予定もないのに?…そもそも産休取れるなら、私にも同じ分休みほしいんだけど。めちゃ損な気がするんだけど!」

一気にまくし立てたのぞみに真凛はお茶を差し出した。お茶を飲んで心を落ち着けると、のぞみは身を縮めて反省を始める。

「…いや、めでたいことなんだけどね。本当に嬉しい気持ちはあるんだよ。」

一緒にお茶を飲みながら、真凛はポツリと口を開いた。

「まぁそれは、会社の仕組みが良くないよね。‥‥今の時代、共働きが基本なんだから。男も女もいつ産休やら育休やら取ってもおかしくないでしょ。だったら、それを前提にした人材配置と業務設計にしておかないと。」

「確かに。」

「だから、組織の問題なんだし、無理に頑張らなくていいんじゃない?それでうまく回っちゃうと、会社もその問題に気が付かないし。業務が回っても、産休とかの度に残された人がしんどい思いすると、みんな疲れて産休も取りにくいっていう悪循環にもなるしね。」

「無理ですって言っちゃえばいいんだよ~。のぞみは真面目で断り下手だから無理しちゃうんだから。」

春子の言葉にのぞみは苦笑した。同じようなことを前に言われた気がする。春子も思い出したようで、のぞみの背中にもたれ掛かった。

「って、高校の時にも言った気がする。部活で悩んで死にそうになってた時。」

「あったねぇ。そんなこと!‥‥懐かし、何でだっけ?」

「良いよ、思い出さなくて。」

真凛の意気揚々とした追及を止めながら、のぞみは口の端を上げた。昼間からのモヤモヤが薄れていくのを感じる。

(やっぱ、うちらって最強かも。)

3人の美少女戦士(28歳)たちの愉快な夜はもう少し続いた。


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