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YOUは何しに中国へ?【起業編】

前回は4名の自己紹介を行いましたが、今回からはそれぞれのエピソードと、エピソードに対する座談会の内容を紹介いたします。

今回ご紹介する方はこちら。

航平(@milkshop / 起業家
・エピソード
 - 略歴
 - 私と中国
 - 前職と中国渡航のキッカケ
 - 現地でやっていたこと
 - 振り返って
 - 今後について
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・メンバー座談会

【略歴】

2002年8月に初訪中(北京、ハルビン、大連)、ハルビンでホームステイ体験。高校生の頃に二度目の訪中(北京、天津、大連)、2010年9月に上海の大学へ交換留学。大学卒業後はメガバンクで3年半働き、中国で事業立ち上げ。

【私と中国】

同世代の方々に比べると中国との付き合いはとても長いと思います。2002年に神奈川生活協同組合の訪中プログラムで、初めて中国に行きました。ホームステイや慣れない環境で体調を崩し、腹痛に苦しみました(笑)。その後、当時の小泉首相の靖国神社参拝を発端とする「反日運動」の先鋭化もあり、中国に対しての印象は最悪でした。高校時代では、中国人学生をホームステイとして受け入れたり、再訪中したりする中で、中国の方々と交流する機会に恵まれました。一方で、周囲の友人を含めた世論は中国に対して警戒心を持っており、日本人にとっての中国は「近いけど遠い国」でした。その矛盾を感じれば感じるほど、中国人の考え方や変化が速い中国社会を理解すれば将来の役に立つと考えました。

2006年12月の大連ホームステイ時

【前職と中国渡航のキッカケ】

上海留学は私の人生の大きなターニングポイントです。2010年は中国の経済成長に最も勢いがあった時期だと感じています。上海万博の開催と中国のGDPが日本を越えたことは、私にとって象徴的な出来事でした。また、尖閣諸島漁船衝突事件は日中関係を大きく変化させる象徴的なイベントであったことを今でも覚えています。日本に対してセンセーショナルな世論が盛り上がり、中国在住や中国に関係する日本人はとても心を痛めたと思います。そのような大変な時期を経て培ってきた現地の方々との信頼関係が、中国と関連するビジネスをしたいという根源的的なモチベーションとなっています。
卒業後、日中を越境して大きなビジネスをしたいと思い、メガバンクに就職しました。しかし、実際にイメージしていた金融ビジネスとは裏腹に、支店でのクレジットカードのセールス、会議や勉強会のロジ担(関係各所に連絡を取ったり、諸々を準備したりする仕事)に追われ、「人生って何のためにあるんだろう」と思う毎日を過ごしていました。その中で、学生起業した友人と再会し、中国でのECビジネスを一緒に立ち上げようという話で盛り上がりました。中国で何かを成し遂げたいという気持ちが燃え出し、2017年の夏に中国への渡航を決めました。

【現地でやっていたこと】

成長を続けるEC市場でシェアを取るため、自社ECシステムを立ち上げ、日本国内でOEM生産した商品を単品定期通販により販売しようと試みました。しかし、AlibabaやTencentの二強市場では新参者が太刀打ちできず、OEM生産した知名度の無い商品など見向きもされるはずが無いため、販売には非常に苦労しました。大きな口だけ叩く中国人パートナーを解雇させましたが、友人が引っ張った人材は中国経験が無いため、議論は溝が深まるばかりでした。中国の景気に不安定感を持ったことと、事業の黒字化が不可能であると判断し、約1年で事業閉鎖を決めました。

【振り返って】

人生経験が足りないため、人に対する見方が圧倒的に甘かったと痛感しています。そして、物事が悪くなった時こそ、真の人間性が見えてくると学びました。これはビジネスだけでなく、恋愛関係でもそうですね。大きな病気を患った時に手を差し伸べてくれるか、事故を起こしたときにどのような初動を取るか。私は正直、事業閉鎖の最も苦しく、残された汚れ仕事から逃げた人々を憎みたいネガティブな気持ちに苛まれていました。ただ、結局この人生を選んだのも自分、このような人々の責任から逃げたい気持ちを理解し、自分の今後の学びにすることでネガティブな心理状態から抜け出し、前向きに生きていけると思いました。

【今後について】

私にとって中国は、喜怒哀楽すべての感情を通して人生の学びを与えてくれた場です。今後も何かしらの形で中国に携わります。ビジネスパーソンとして成長していくことで、日本や中国だけでなく世界に貢献できるような人として生きていくことが私の夢です。次の事業プロジェクトについて、この場では多くを話せませんが、変化が速くて激しい世界に身を置いて、事業家として生きていくことには変わりはないです。

◆メンバー座談会

Q. (光平)中学1年生の時になぜ訪中プログラムに参加しようと思ったのでしょうか?
(航平)小学校5年生の時に参加した神奈川生活協同組合の韓国ホームステイプログラムが想像以上に楽しかったため、中1の時に見かけた中国プログラムにも参加しようと思いました。
(まめ)小中学生のころは、両親の実家を除くと、他の都道府県に行くことさえも考えが及ばなかったです。
(ビントウ)2002年の中国は今と比べて、もはや別な国ですよね。
(航平)そうですね。街はほこりっぽくて、レストランも香辛料やセロリのような匂いが充満した記憶があります。今よりか格段に混沌としていた記憶があります。ただ、遠くから来た人を丁寧に厚くもてなす文化は今と大きく変わらないような気がします。
(光平)今日に至るまで日中関係には大きな変化がありましたね。
(航平)そうですね。私が留学している頃(2010年~2011年)なんて、まさに尖閣諸島漁船衝突事件が発生した年で、日中関連のイベントはほぼすべてキャンセルに追い込まれました。旅先では日本人であることを理由に、宿泊拒否やタクシーの乗車拒否もされました。辛かったです。
(まめ)それでも中国に興味をもってきたんですね。
(航平)自分の見聞と世論との乖離が大きくなればなるほど中国への関心が高まりました(笑)

いわゆる尖閣問題がある中でも多くの方々と交流をしてきました。

Q. (ビントウ)中国に乗り込んでビジネスをするメリットは何でしょうか?
(航平)やはり、中国市場の魅力は、強い消費力と人口ですね。都市部の若者なんて日本人以上に金を使うじゃないですか。
(まめ)確かに!お金の使い方はハンパじゃないですよね!
(航平)ただ、嗜好や法規制等の変化が速すぎるので来週や来月がどうなっているのか予測不可能です!(笑)
(ビントウ)変化しまくる市場を追いかけると虚しくなりませんか?あれだけもてはやされたシェア自転車が倒産したり、なんやねん・・・と。
(光平) 制度面でも仕事面でもとにかく行き当たりばったりでとんでもないと日々思っています。良くも悪くも「やると言ったからにはやる!詳細は知らん!」みたいな感じですね。
(まめ)良くも悪くも変化が多くて、安定しないですね。
(航平)中国が変わる陰には必ず変わらない中国があります。中国市場には大きなビジネスチャンスがあると同時に、それと同じかそれ以上の深い沼があります。なので、中国の変化という上辺だけに囚われるのではく、本質的な部分をしっかりと理解する必要があると思います。

Q. (光平)大企業を辞めるには勇気が必要だと思います。何がきっかけで辞める決心がつきましたか?
(航平)私は、多くの人と繋がりを作って新しいことをやるのが心の底から好きです。大企業の内向きな調整業務で神経がすり減っていました。会議や勉強会のセッティングやオッサンの秘書みたいな仕事で、仕事に対する情熱が失われました。
(光平)完全にミスマッチですよね。配属先の部署やその部署で何するか分からないのが日本企業の問題点ですよね。
(航平)中国企業の採用はその点については非常に合理的ですね。職務内容があらかじめ決まっており、面接では条件の擦り合わせです。
(まめ)事業会社への駐在が始まった頃から、不本意な仕事しかなく、キャリアについて真剣に考え始めました。
(航平)本社から役員が来るから、接待の店を決めたり、訪問先へのアポ取りやロジ担ですよね?
(まめ)まさにそれです!!!!!!!

事業撤退の直前のオフィスの様子

Q. (光平)中国で起業している日本人は他にいましたか?
(航平)希少ですよ。北京や上海には、私の知っている方もいますよ。
(まめ)上海は起業した人をよく見ましたよ。飲食店が多いですね。
(光平)最近、落ち込んでいた時に「物事が悪くなった時こそ、真の人間性が見えてくる」と同じように思いました。
(航平)そうですね。最初アサインするメンバーにどれだけ覚悟を持っているかを確りと見るべきでした。ただ、これは最終決裁者である私自身が選んだ道なので、自分で結果を負うべきだと思っています。
(光平)自分が選んだ道・・・本当にそうですね。
(ビントウ)誰かと一緒にやる、その誰かを選ぶ基準はありますか?
(航平)ある程度、話せる関係になったら時に「昔の恋人となぜ別れたのか?」と聞きます。これで自責か他責か、未来志向か後ろ向きかが分かります。あとは、欲の根源もいいかもしれないですね。金か、名誉か、自己実現か、これが分かればその人のモチベーションも見えてくるのではないでしょうか。投資家のウォーレン・バフェット氏は、賢い男性が壊れる可能性があるのは、「酒、女性、レバレッジ(債務)」と言っています。この部分は意識しますね。
(光平)ちなみに、留学中は恋愛とかもありましたか?
(航平)そうですね。。。話が長くなりますよ。
(ビントウ)恋愛だけで記事が書けそう笑
(全員)笑

最後に

中国には長く関わっていますが、本当に変化が速いと思います。昨日あったものが今日は無く、昨日まで大丈夫だったことが明日から違法というのは日常茶飯事です。だからこそ、中国の「変わらない部分」を見出すことが重要です。中国は今後もビジネスとしてチャンスに溢れる場であり続けます。上辺だけの変化や情報に惑わされず、これからも私は日本と中国を舞台に新しいビジネスを作って、世の中に貢献したいと思います!

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以上、起業編でした。
次回は「現地採用編」を公開する予定です。乞うご期待ください!

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・ビントウ(@bing_tou

・航平(@milkshop

・まめ(@chuzaiina
・光平(@ko_shanghai

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