【詩】 赤い髪の紳士

『ちょっといいかな?』
或る夕暮れ
頭髪の紅い紳士が
僕を呼び止めた


紅髪の紳士など居るハズがない。
けど僕には
紳士と呼ぶ以外に
その男の気品を巧く表すことができなかった。

『ちょっと街まで行きたいんだ』
紳士がそう言うので
僕は彼を街まで送り届けることにした。

この紳士の言う街とは、どのような場所を示しているのだろうか。
それは頭の悪い僕には難しすぎる問答で
だから僕たちは馬鹿みたいに道なりを
ひたすら歩く他なかった。


街灯も標識もない昏い道路を
ひたすら歩く。
乾いたアスファルトを叩く音が
反響するように重なっていく。

この音が完全に一つになった時が
僕をここから追放する合図であるということを
僕は何となく察していて
だから見苦しく
歩幅を変えたりしたけれど
そんな足掻きも虚しいだけで
最初から1つだったかのように
2人の足音は波長を合わせ
やがてピッタリと重なった。

丁度その頃だった。
街が僕らの前に現れたのは。


『ようやく着いたね。』
紳士の頭髪は
いつの間にか黒く染まっており
それはまるで
空を映す鏡であった。

ありがとう
そう言うと
紳士は踵を返し
昏い道に沈んでいった。


『あとは好きにするといい。』
それは僕が、かつて愛した言葉。
しかしこの街と対峙した途端
大きすぎる期待と可能性を秘めた
投げやりな宣告へと形を変えた。
与えられた自由というものには
どこか強迫的な側面があるということを
僕は初めて知ったのだ。


独りぼっちになってしまった僕を試すように
街は至る所に矢印を置き
それを光らせ
あらゆる方角に影を投げる。

どの光源にも
捉えられないほどの豊かさがあって
僕の足元からいくつも伸びている影は
どれも偽りではない。

しかし
少し歩けば
頼りにしていた影は薄れ
やがて光の中に消えてゆく。

僕はこれから
どこへ向かえば良いのだろう。


記憶から薄れてゆく紳士の風貌
あの紅い頭髪だけが
僕の中に鮮明に残り続けている。




赤い髪の紳士。

ユング心理学の原型(アーキタイプ)の概念で言うところの、オールドワイズマンです。行くべき道をさりげなく教えてくれる存在でしょうか。
赤髪、と言うのがポイントで、トリックスター的な要素も含んでいます。

人に導かれながら過ごすような時分はもう終わりを迎えました。これからは自分でなんとかしないと。
そんなことを考えると、少し陰鬱とした気分になります。
しかし、そんな気分を跳ね除けるエネルギーが僕の中にもあります。
それは、ユーモアや遊び心です。

紳士は去った。
けど、あの赤い髪は記憶の中に残り続けている。

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