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トガノイバラ#75 -4 悲哀の飛沫…16…

◇  ◆  ◇  ◆


 とんでもない。
 なんという無茶をするのだろうか、御影みかげなにがしたちは。

「滅ッ茶苦茶だな、あいつら――!」

 舌打ちをしながら遠野が車から降りた。おい、と声を掛けられて、呆気に取られていた伊明いめいも柳瀬も、慌ててドアを開けて外に出る。

 御木崎みきざき邸に向かう山道は、ところどころに待避スペースこそ設けられているものの、車同士では並走できない細さだった。

 先頭を切っていたのは御影なにがしのバンで、遠野、御影佑征ゆうせいの車と続き、その後ろに残りのなにがしたちが追従していた。

 先頭のバンは、御木崎邸の門構えが見えたなり加速して門扉に突っ込んでいった。古い木の扉は難なく破壊されたが、バンは止まらず、右に左に蛇行したのち豪快な衝突音を響かせて母屋の玄関にまで突っ込んだ。

 人を撥ねなかっただけまだましだが、にしたって――本当に無茶苦茶だ。

「まあ……どっちにしろ、強行突破は必要だったわけですから……」

 引きつった笑顔で柳瀬が言い、

「たしかに招かれざる客なんだろうが――」

 続いた遠野に、

「いや俺いますけど」

 伊明が返す。

 なにもこんなことをしなくとも、伊明がまず顔を見せれば、少なくとも門は開けてくれたのではなかろうか。そこから満を持して乗りこむのでも、十分奇襲になると思う。

 山道に列をなして停まった車から、続々と御影なにがしたちが降りてくる。
 彼らはまるで混乱を楽しむ暴徒だった。角材とかバットとかゴルフクラブとか、そんなものを掲げながら意気揚々、伊明たちの横を通り抜けて、ぶち抜かれた門扉から敷地内になだれこんでいく。

「院長センセイ」

 御影佑征が、後ろから遠野の肩をぽんとたたいた。手には竹刀を提げている。

「呆けとる場合やないですよ。作戦はもう始まってます。――いいですか。打ち合わせどおり、うちのモンが派手に暴れますんで、そのあいだに伊生さん&モエちゃん――」

「琉里です。琉里」

 伊明がすかさず訂正するも御影佑征は悪びれることなく、

「琉里ちゃん救出といきましょう!」

 空に向かって竹刀を突きあげ、駆けだした。

 自称穏健派の御影側から提案されたのは、互いに利のある二重の陽動作戦である。

 まず、御影なにがしたちが表で大立ち回りをする。

 そのあいだに伊明たちは琉里と伊生の救出に向かう。おそらく張間や来海が立ちはだかるだろうが、力を合わせて――御影佑征の言葉を借りるなら上手いことやって・・・・・・・・突破する。

 その裏で、御影の別動隊が邸内に侵入して、いくつかの書類を奪取する。
 かる~い破壊活動とボヤを起こして、御木崎家が大混乱に陥ったところでトンズラする。

「御木崎家は、ギルワーに対して限りなくブラックに近いグレー行為を、普ッ通にやっとるんですわ」

 本来、無差別なギルワー狩りは一応・・禁止されている。

 対象となるのは人を襲う危険性のある者、すでに危害を加えた者。幾つかの例外を除いて事前に申請が必要で、調査と審問を行ったすえにようやく可否が下される。

 ――というのが、文書上のルールである。

 その辺の規制はじつに緩く、ほとんど機能していない。
 例外という名のグレーゾーンがそもそも広すぎるのと、ギルワーを管理する公的専門機関がほぼシンルーによって構成されているからだった。

 御木崎家はそのグレーゾーン――つまり例外に、常にいる。

 ギルワーが自ら襲い掛かってくるように仕向けるのだ。こちらから血を飲ませるのではなく、エサをぶら下げてじっと待つ。『正当防衛』を成立させるのが、御木崎家の狩りだった。

「僕たちが欲しいのはその証拠となりうる書類です。伊生さんが言うには、国に提出する書類のほかに仔細を記録している文書があるらしいんですわ。どこで捕まえたか、狩った日時と場所、それとギルワーの身元――先代に至っては、狩りの様子も事細かに記録しとったっちゅう話ですから、それと伊生さんの証言を合わせてしかるところに提出したら――さすがの御木崎家ももう終わりです。言い逃れなんてできません」

 あとついでに言わしてもらうと、と御影佑征は続けた。

「古くさい家ですからねえ。宗家のあのお屋敷、あれが一族の象徴にもなっとるらしいんです。やから、お屋敷を破壊するんも効果覿面。しかもそれが伊生さんの意志で、伊明君もそこにおったら――そらもう奴らの面目丸潰れでしょう。間違いなく、再起不能まで追い込めます」

 そうなれば伊明たちも追われることはなくなり、ギルワーも狙われることがなくなって、みんな平穏、ハッピーエンドである――と御影佑征は締めくくった。

 どこが穏健派かと言いたくなるような過激さだし、そううまくことが運ぶとも思えなかった。琉里の名前をことごとく間違える御影佑征に少なからぬ不安も感じた。

 けれどほかに打つ手は、残念ながら伊明たちにはない。

 賭けるしかなかった。
 遠野と顔を見合わせてから、伊明は「わかりました」と頷いたのである。


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*前回のお話はこちらから🦇🦇


*1話めはこちらから🦇🦇




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