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タイムカプセル・クリスマス #3

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 フランで6号サイズのケーキを受けとった。そのついでに買った手のひらサイズのクッキーは、カラフルに色づけされていて見るからに外国のお菓子っぽい。

 クリスマスケーキを受けとりにいくのは決まって私とかおりの妹組で、そのときにいつも、このクリスマスの時期限定のカラフルなクッキーをひとつずつ買う。私がツリーで、かおりがサンタ。それをかじりながら家に帰るのが子どものころからのお決まりだった。

 クリスマスという日に普段食べないような外国風のお菓子をかじるのはなんだかすごく特別なことに思えて、それだけで心がはずむ。

 かおりは、今日何時に来るんだろう。

 左手にぶら下げたフランの紙袋を揺らさないよう気をつけながら、クッキーをかじりかじり、家に向かう。行きとは違う道。少しだけ、大回りをして。
 これもかおりと歩くお決まりのコースなのだ。

 住宅街の中、左に見えてくる小学校。私たちの母校だ。
 時代に取り残されたような昔ながらの校舎は、私が入学し、卒業し、大人になったいまでもずっと変わらない。そろそろ建て替え工事が始まるかも、そういう噂があるらしいのは、おかあさんから聞いてはいるけれど。

 冬休み真っ只中の小学校は、やはりしいんと静まり返っている。
 私の知ってる先生たちはいまでもこの校舎にいるのだろうか。元気にしているのだろうか。いつもかおりと話していたことを、私は心の中だけで考えた。


*    *    *


 家に戻ると、リボンのついた小さなパンプスが玄関にちょんと揃えてあった。

 あいかわらずうらやましいサイズだなって思う。足が22.5センチってだけで女子感が増す気がするから不思議だ。私なんか靴のサイズが25センチ、言ったらたいてい驚かれる。あひる足だから大きめじゃないと痛くなるってだけで、本当はもうちょっと小さいんだけど。

 つっかけていたクロックスをパンプスの隣に散らかして、帽子を置いて、リビングに戻った。

「ただいま。おかあさん、ケーキ……」
「いーちゃん!」

 かおりが飛びついてきた。飛びついてきた、っていうかほとんど真横からのタックルだ。大事に運んできたケーキもろとも、倒れそうになる。

「ちょっと、かおり」
「いーちゃんおかえり! ただいま!」
「……おかえり」

 ほんとにもう、この子は。

 全身から――顔から、体から、動きに合わせて揺れる長い髪の1本1本まで、本当に全身から嬉しさをあふれさせるかおりに、すっかり毒気を抜かれてしまう。怒る気になれなくなる。

 なんだかちくちくするなと思ったら、かおりは飾りつけ用の長いモールを首にぐるぐる巻きつけて、肩からだらんと垂らしていた。きっと「みてみてセレブみたいでしょ」とか言いながら、スルースキルの高いおかあさんを相手にポーズでもとっていたんだろう。

 かおりは年齢的にはふたつ下、早生まれなので学年的にはひとつ違い。

 今年の春に茨城の大学に進学してひとり暮らしを始めた。
 でも、大学生になっても、ひとり暮らしを始めても、かおりはやっぱりかおりのまんま、いつまでたってもトイプードルみたいな子。

「葵衣、ケーキありがとう」

 キッチンから出てきたおかあさんが素早くケーキを回収していく。

 とりあえずダイニングテーブルに財布を置いて、首にしがみつくかおりを引きずり引きずり、まだ雪が乗っているだけのニセもみの木の前に戻った。

「ひさしぶりだね、かおり。元気だった?」
「元気だった。いーちゃんは?」
「元気だった」

 すっかり満足したらしいかおりが、ふふふと笑って離れていく。
 私はダウンジャケット脱いで、ソファ――くつろぎスペースのリビングには、背の低いガラステーブルとそれをコの字型に囲う白いソファが3つ置いてある――に、ぽいと放った。テーブルの上に置きっぱなしになっている小さなスピーカーに、スマホをセットする。

「ラインしたのに」

 かおりが急に不機嫌な声をだした。

「え?」

 手を止めて振り返ると、かおりは肩からぶら下がったモールをいじくりながらむくれている。

「ラインしたんだよ」
「いつ?」
「さっき」

 確認してみると、たしかに、いくつかの新着メッセージの中にかおりの名前が埋もれていた。駅ついた、と、短いひとこと。

「ごめん。いま見た」
「もぉお。おかあさんに電話したら、いーちゃんフラン行ったって言うから。一緒に帰ろうと思ったのに」
「ごめんごめん」
「途中で会えるかなと思ったけど、ぜんぜん会えないし」
「どっち通ってきたの?」

 行きの道、と拗ねたようにかおりが言う。見事にすれ違ったらしい。

「いーちゃん、クッキーは?」
「……食べちゃった」
「ひとりで?」

 かおりはますますむくれていく。うん、とうなずいてから、私はすぐに付け足した。

「だって、こんなに早く帰ってくるって思わなかったから。買ってくればよかったね、かおりの分も」
「それじゃ意味ないの、あれは食べながら帰るからおいしいの」
「…………」
「あ、めんどくさいって顔した!」
「電話くれればよかったのに」
「だっていーちゃん、電話嫌いじゃん。いつも不機嫌になるじゃん」
「それは、かおりがどうでもいい話を1時間も2時間もするからでしょ」
「だってさびしいんだもん。……夜とか」

 今度はいじけるみたいに口をとがらせる。

 その気持ちも、まあ、わからなくはないけれど。
 人一倍寂しがりやで甘えたがりのかおりだから、仕方ないのかもしれないけれど。

 でも、私だっていつも暇を持て余してるわけじゃなし、忙しかったり疲れてるときにかぎって電話してきたりするんだから、……受け答えがおざなりになるのも、しょうがないと思うんだけど。




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