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体裁ばかりの同級生がキレイな想い出作りに夢中だったあの頃へ

◇ 真愛まな ◇  

 先端恐怖症だと思いたい。
 夫が料理に使った牛刀の刃渡りは長く、先端は鋭く尖っていた。オールステンレス製の包丁の輝きにドキドキしながら丁寧に洗う。対面キッチン越しに見える夫の横顔。いつもの定位置でテレビを見ている夫の姿と手の中にある包丁を見比べ真愛は思う。
 ー ああそうか。この気持ちは殺意か。
 このまま真っ直ぐ夫目掛けて包丁を投げればサクッと逝くのだろうか。そう考える自分にハッとし水道を止めた。
「同窓会へ行こうと思う」
 真愛の言葉に無反応なのは日常で。家族のために文句を言わずに働く夫に小言は言えない。返事がないくらいでイチイチ苛立ってはいけない。自分で作ったルールを適用することで、家事は事務的にこなすことにしてきた。それでも結婚当初は家庭に無関心な夫に嫌気を感じ、度々癇癪を起こしては実家に帰りなだめられた。このご時世、専業主婦であることに感謝しなさい、と。
“晴れて自由の身になりました。一緒に同窓会に行きませんか?”
 義妹からの誘いはシンプルなメールだった。
 真愛は華やかだった学生時代を思い出す。周りにはいつも誰かがいて、笑い声が絶えなかった。色白で瞳の大きな真愛は「まなちゃん」と呼ばれ、みんなのアイドル的存在だった。校内だけではなく、他校の生徒からも告白された。
 それがどうだろう。鏡に映る疲れている顔を見ると同窓会に行くのを躊躇った。顔だけではない。忙しいを理由に運動しなくなった体は、十年前と比べると肉付きはよくなっている。
 二十歳で結婚した真愛は、同世代の女性に対し歯がゆさを感じることが多かった。見ず知らず の大学生、見ず知らずのOL。すれ違う全ての人がキラキラ輝いて見えた。社会的ポジションやキャリアを確率し、自分の稼ぎで着飾っている全ての女性から目を背けて過ごした。
 養ってもらっている真愛の生活といえば夫と子供が優先で、自分のことは後回し。義妹には同窓会へ着ていく服がないことを理由の一つに断ると意味深なメールが返ってきた。
“専業主婦の労働対価って知ってる?”

◇ はるか ◇

 結婚してからの二年間、夫という名の他人に苦しんだ。仕事と家事は両立させたい。共働きなのだから平等にいきたい。それでも毎日の生活につきまとう家事にストレスを感じるようになると、ただ仕事をして帰ってくるだけの夫に苛立ち些細なことで喧嘩に発展するようになった。
「そんなにしんどいなら仕事をやめてもいいよ」
「毎日ご飯作らなくてもいいよ」
 夫は夫で気を遣い優しい声かけは逆効果。
 早く帰った方がご飯を作れば良いのではないか。洗濯、干す、畳む、シャツにアイロンをするという一連の作業。食事を作り食器洗いをする。風呂掃除、ゴミ出し、食材の買い出し。家に帰っても休む間はなく、陽は家事から解放されたい。そう思うことが罪だと考えると、やらなきゃ怠け者とレッテルを貼られる風潮に男女平等の世の中なんてどこにあるのだろう、と考えるようになった。
「あぁぁぁ、不公平だ!」
 陽が声にした時、夫もまた妻の嫌みや文句から解放されたい、と思うようになっていた。もう好きじゃないのなら、一緒にいるのは無意味。時間の無駄。子供のいない二人には守るものはない。夫婦同意で離婚に至るのは簡単だった。結婚同様、紙切れ一枚を役所に出すだけ。ただそれだけだった。
 【同窓会】の案内状を手に取る。
 本島にある中学に入学した陽は違和感を覚えたのを思い出す。仲良しグループは団結し新しい風を嫌った。女という生き物は、生まれた時から女で、それは幼稚園の時から群れる。そしてハネにされないように、お互いがお互いを必要とする動物なんだと本能が教えてくれた。生徒会に所属したけど卒業するまで生徒会長にはなれなかった。決まって会長は男子だった。思えば“女性らしさ”はこの頃から求められたような気がする。
 家事に無縁の父と、無口で無表情な兄。 子供が泣こうが叫ぼうが平然と新聞を読んでいた兄の姿が浮かぶと真愛のことが気が気でなかった。新しい生命の誕生と家族が増えた喜び。そして友達ではなくなってしまう関係に複雑な思いだった。陽が二十歳の時だった。

◇ 柊子とうこ ◇

「ここ禁煙です」
 世の中、健康ブームなのか。ちょっと休憩でコーヒー飲みたく入ったカフェも禁煙で。今じゃ吸える所といえば隅っこで煙の中だ。携帯電話片手にしかめっ面。このエリアに爽やかな人はいない。タバコ吸う=暇。だと認識している。三分は無駄にしている。一日十本なら三十分休んでいる。そんな時間があれば他にもすることがあるだろうに。と思いながら柊子はタバコに火を着けDMをチェックした。
“同窓会にて仕事の依頼あり” 
  SNSが普及したのは良し悪しか。情報は筒抜けにとなり共有する場が増えた。【#ファインダー越しの私の世界】で繋がる輪。桜が咲けばカメラと一緒に四季を追いかけた。ファインダーを覗けば日常の喜びも悲しみも美化される。そして人工的に色づけられた世界に没頭した。
 学生時代の柊子といえば授業中は寝ているか絵を描いているか。それは漫画のキャラクターから本格的な風景画まで。その才能がクラス中に知れ渡ると学園祭の準備には必ず声がかかった。体育祭での応援幕や看板、また大きなサイズのデザインを手掛けることは柊子にとって至福の時間だった。美術部からはオファーがあり一度は入部したものの、課題の意味が分からず続かなかった。自由に描けない空間に加え、協調性や感動を生むことを強いられる青春の一ページに馴染めなかった柊子は、高校進学はせず独学でフリーの道を確立した。
 家が貧しかったこともあり十代でお金を稼ぐ術を身に付けていた。コントロール不能になった夜、救ってくれた幼馴染みを思い出す。生まれ育った島で色素の薄いショートボブ頭は栗色ヘアーで目立ったけど、親友のお兄さんに誉められお気に入りとなった。
 ー あれは初恋だったのか。
 タバコを灰皿に押し付けメールに返信をする。
 赤い口紅の付着した吸殻に目を落とすと真っ黒に染めた髪を束ねた。
“同窓会にて過去を清算する”
 
 
 
 

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