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小説『犬も歩けば時代を超える』(21話目)

21話 犬千代、あの日に帰る方法 後編

現代のテレビという箱の中では色々な話が放送されていて、その中でも過去や未来に飛べる話もある。
タイムスリップというものだ。
だが、病床のお母様と犬の私が戦国時代の城内へいきなり戻ったのは、本当の意味でのタイムスリップとは言えないだろう。

「これ、どういうことかしら?」

お母様が目を丸くしている。

「私にも分かりません、お母様。」

お母様は不思議なことに、病院で着ていた服は着ておらず、戦国時代の着物を着ている。

「お前も変よ、犬千代。あなた犬じゃないわよ。」

私も自分を見て触ってびっくりした。
小型犬のチワワのゼットではなく、戦国時代の武将の子・犬千代になっている。

「どういうことでしょうお母様。このようなことは、テレビのタイムスリップなどというものとも違いそうです。これは有り得ないことですよね?」

あまりにも不思議すぎて、お互いを見たり自分の身体を触ったりしていたが、やがてお母様が、
「きっとこれはちゃんと意味があることなのよ。でなければ、このように不思議なことがあるはずない。」
とキリッと前を向いた。
私もハッとなった。そうだ、二人をつつんだあの光といい、おそらく意味のあることなのだ。

「犬千代、ここで私たちが遣り残したことがあるはず。病室で話したよね、ああすれば良かった、こうすれば良かった。
でもぼやいているだけでは、何も変わらない。後悔しているだけではそれで終わってしまう。これはきっと天から授かったチャンスなのよ。さぁ犬千代、行動しましょう!」

お母様が私の手を取った。
私も「はい!」と勢いよく返事をしてみたが、さて何をしたらいいのか。
突然すぎて、何から行動したらよいのかも混乱している。

「ま、まずは自分に会って、無謀に戦場へ行かぬように説得してきます!これが一番ですよね!」
と私が言うと、お母様が制止した。

「確かにそれが一番だけど、お前がお前を説得するというのも何だかおかしな話になってしまう。だいたい、この時代のお前が自分を見て納得するとは思えない。この時代の犬千代の説得は、私が遣り残したことでもあるからお母様が行って来ます。」

なるほど、戦国時代の自分が私を見たら、説得どころかパニックしてしまうだろう。
ここはお母様に任せよう。

「ではお母様、この城が落ちようという時に救いたい人がいます。そちらを連れて逃げる準備をしても良いでしょうか?」
私が言うと、お母様は、
「それは誰?」
と聞いた。

私は爺と人質だった姫の話をした。
そして二人が現代で私と同様犬として転生して、すでに亡くなってしまったことも。

「そうなの。それは知らなかった。爺が随分身近にいたとはね。姫もどうりで気品があったわけだわ・・・。では、そちらは任せました。後で落ち合うところは、私が城から落ち延びたところで良いですね?」

「はい、お母様。」

お母様は病床にいたとはとても思えないフットワークで、城内の戦国時代の私を探し出した。
爺を急かして戦の仕度をする戦国の私を見つけると、すごい勢いで私の手をとった。

「行ってはいけない。絶対に行かせない。まだ幼いあなたを、無駄死になどさせない。」
そう言ってお母様は戦国時代の私を力いっぱい抱きしめた。

きっと、本当はお母様は元からそうしたかったのだろう。
でもこの戦国の世の常識でいえば、それは口に出して言えないことだった。
しかし今のお母様なら言える。
お母様の腕の中でちょっともがいていた戦国の世の私も、お母様の真剣な言葉に大人しくなっている。
そばについている爺は、気を利かせたのかススっと影に隠れて身を引いた。

「爺。」
私はその隙に爺をとらえた。

「やや!犬千代様、先ほどお方様と・・・やや?」
爺はさっき離れた私と、いきなり出没した私にビックリしている。

「爺、時間がないから驚かないで聞いてくれ。」
私は爺に真剣な目で話した。
爺なら分かってくれるという信頼と自信があった。

「爺、この戦は負ける。負けても戦うのが武将だとは思うが、この戦で武将でもない多くの人が命を落とす。お母様も、姫も、それから爺も。」
爺が驚いたように私を見た。

「みんな後悔する。色々な思いを残して後の世にやってくるのだ。私は爺にそんな死に方をして欲しくない。どうか、今から言うことを聞いてくれないか。」
爺はツバを飲み込むようにゆっくりと頷いた。

「事態は把握しきれませんが、この爺、犬千代様を見間違うことはありません。どうかおっしゃってください。その通りにいたします。」
私もゆっくり頷いて話した。

「この戦の最中、人質に来ている姫が侍女と脱出する。
しかしこのままだと、途中で命を落としてしまう。この戦の中、守りもない脱出など無謀なのだ。お母様は逃げ延びるが、その後寂しい生活をすることになる。
そこで、爺は姫と侍女たちを連れて、お母様と私も連れて逃げるのだ。
この城の中には隠された逃げ道が用意してある。お母様が知っているので、皆で逃げるよう指揮してくれ。」

爺はちょっと驚いて、
「こ、この爺が指揮をするのですか?犬千代様が先頭を立ってくださればよろしいのでは・・。」
と言った。
確かに、目の前にいる私が指揮すればよいのだが、そうすると戦国の世の私が逃げ延びられない。

「私はこの混乱の中、とりあえずお母様を連れることだけに専念したい。全体の指揮は爺に頼みたい。爺を頼りにしている。」
爺はおそらく全く訳が分からない状態だと思うのだが、私が言うことを丸呑みという感じだった。
ここが爺の良いところだ。幼い時から私を見てきてくれただけのことはある。

私は爺を置いてそのまま全速力で城を走り抜け、姫を探し出して爺を待つように説得した。
決して早まって城を単独で脱出しないようにと。そして、脱出後のお母様のことも頼んだ。

姫はそれまでの戦国時代の犬千代が戦に夢中であったはずだと思っていたので、かなり驚いていたが、私の真剣な話し口調にただ頷くだけだった。
もちろん、爺をただ待っているだけでよいのか心配なようだったが、城をあちこち移動してしまうとかえって所在が分からなくなってしまう。
侍女にも慌てて動かないよう言い含めた。姫に恨みを晴らすために犬に転生などして欲しくない。どうしても助かって欲しい。

それから私はさらに城を走り抜け、戦国の世のお母様の元へ滑り込んだ。
お母様はかなり驚いて、手に持っていた裁縫道具をポロッと落としてしまった。

「犬千代、どうしたの。血相を変えて。あなたは城主の子なのだから、そのように落ち着きのない様子では困りますよ。」

お母様の声が震えている。
お母様は、戦に行くと出て行った私が帰ってきたので、言っていることとは裏腹に動揺しているのだ。

「お母様、時間がありません。私は戦には出ません。ご心配をおかけして本当に申し訳ありません。お母様には今後、悲しい思いなどさせませんから、一緒に城を脱出しましょう。」

私は現代に生まれ変わったお母様だけでなく、戦国の世のお母様にも謝ることができた。

「爺には姫と侍女、私とお母様を連れて逃げ延びるよう伝えてあります。お母様は爺と合流して城の逃げ道を通って一緒に逃げ延びてください。そして、爺や姫、私と一緒になるべく楽しく後を生きてください。」

私は思わずお母様に駆け寄り、手を取り自分の額に押し付けた。祈るような思いだった。

「犬千代、分かりました。あなたに従いましょう。」

お母様が力強く頷き、侍女に命じて仕度を始めた。私はその様子を見届けると、現代のお母様と合流するために再び城を走った。

(最終回へ続く)

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