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小説『犬も歩けば時代を超える』(15話目)

15話 犬千代、強く願うこと

戦国時代では、自分の足で移動できる範囲くらいの人との交流のみで、遠方に住む人との交流は難しかった。
もちろん文による交流もあったが、リアルタイムの会話というわけにはいかない。
比べて現代はインターネットというものがあって、かなり遠方の人ともリアルタイムな会話ができる。

お母様もそのインターネットを使って、増やした「犬友」の数は日本全国に及ぶまでになった。
画像や動画というリアルなものもやり取りできて、お母様は時々私に見せてくれる。全国のチワワ友達がどんな子なのかを話してくれたりする。
なんて楽しくて、なんて便利なのだろう。
お母様は「仕事を引退したら、各地の犬友に会って回りたい」と言っている。
しかし、その頃には今生きている仲間たちはほとんどが亡くなっているだろう・・・。犬の一生は本当に短いのだ。

「ねぇ、なかなか犬友のオフ会に行けないのだけど、やっぱり会いたいわよねぇ。」
お母様がお茶を飲みながら言う。

「オフ会?」
私が聞き返すと、

「インターネットの中だけでなく、実際に会ってお茶飲んだり食事したり遊んだりすることよ。」

お母様はウットリしている。我が家は郊外に家があるのだが、これが不便なところで電車が一時間に一本くらいしかないらしい。おかげで私も電車という不特定多数の人間が乗る乗り物に乗らずに済むのだが。

「そうですね、せめてお母様の特に仲の良い犬友とはお会いしたいですよね。」
私がそういうと、お母様は目を輝かせて、

「そうなのよ!別にいつも遊びに行こうっていうのじゃないのよ。『特に』仲の良い友だちくらいとは会いたいのよ。でも、我が家が出かけて行って、皆と夕食とかしていると、帰りの電車がなくなってしまう可能性が高いの。」
と、話の途中からガッカリしている。

「では、お友だちにこちらに来ていただいてはいかがですか?ここにはまだ自然がたくさん残っているし、広いドックランもありますし。」
私がそう言うと、お母様はウーンと唸って黙ってしまった。

「犬千代!大ニュースよ!」
ある日お母様が満面の笑顔で走ってきた。

「どうしたのですか?お母様、良いニュースですね?」

「そうなのよ。仲の良い犬友がこちらに来てくれるそうよ!しかも泊りがけで!」
お母様は喜びでプルプルッと身震いした。私も一緒にブルブル身震いした。

「さて、宿探しだわ!ドックランが近いといいわね。せっかくだから一番近い海にも行きたいし、一つくらいは観光的な要素も含めたいわ。」

お母様、一泊ならばそんなに欲張っても・・と思いつつ、楽しそうなお母様を見るのはともて喜ばしいことだった。

さて、海辺の宿を予約したところで、お母様は私に、
「犬千代も行くのよ。クレートは狭いけど、宿に着いたら出られるから我慢してね。」
と言う。

お母様が喜ぶなら、狭かろうが何だろうが我慢します。
と言いたいが、正直苦手なのだ。狭い方が落ち着くという犬もいるが、私などは独房のように感じてしまう。

当日は二組の人間と犬がやってきた。
どちらも初めましてという感じがしないのは、インターネットの画像などを見せてもらっているからか。
二組をお母様は私を連れて駅まで車でお迎えして、そのままドックラン付のレストランへ向かった。郊外ならではのハーブなどの緑も多く、ゆったりとした空間だ。

「お母様は呑気に喜んでいるが、また以前みたいに大型犬とかいたら、お母様はどうするんだろう? 他の犬友はきっと犬全般好きなのだろうし。お母様が逃げたら格好悪いだろうな。」

私のほうは車の中で要らぬ心配ばかりしていた。
しかし、本当に心配したほうが良かったのは私のほうかもしれない。
動画などと違って、やっぱり直に会う初めての犬友(犬の方の犬友である)はドキドキするほど嬉しかった。

一組目のジョン君は私よりも身体が小さくて、年上だけど溌剌した笑顔が最高である。
一方二組目のチャン君は寡黙な感じで落ち着いている。
私は嬉しすぎて興奮してしまって、まずは笑顔が素敵なジョン君に飛び掛ってしまった。
もうお尻の匂いを嗅いで「こんにちは」なんて落ち着いて言っていられない。

「ジョン君、ジョン君、ねぇ、君の趣味は何?音楽は何が好き?食べ物は何が好き?果物は好き?海は好き?前世はなんだった?」

矢継ぎ早に質問してしまうと、ジョン君は思いっきり引いてしまった。
でも全然私は空気が読めないくらいに興奮しているので、ジョン君が飼い主の女性の懐に逃げ込んだのも分からないでいた。
ランチをしながらも、他の人たちを無視したまま、

「ねぇ、ジョン君、君の好きなオヤツは何?」
などと聞いていた。
テーブル越しのジョン君が隠れてしまった。

お母様は、
「犬千代、少し静かにしなさい。あとでドックランでゆっくり遊んだりお話したりしなさい。」
と私を諭した。
私の心臓はもう喜びと興奮でバクバクなのだが、とりあえず座って待っていた。

お母様たち人間は食事やデザートを楽しみ、楽しそうに話が弾んでいる。
お母様はイワシのフライとサラダとスープを選んで、美味しい美味しいと笑顔でいっぱいだ。
戦国時代のお母様は城の深くに侍女を従えて暮らしていたが、外へ出ることもほとんどなく、友だちらしい人もいなかった。
今のお母様は幸せそうで良かった。

「次はドックランへいってみよう!」

三人は張り切って立ち上がった。
さあ、犬の領域の本分ドックラン!
私は走った走った、ジョン君目掛けて!
ジョン君は飼い主目掛けて走る、そんな私とジョン君を追いかけてチャン君が走る。
お母様もつられて走る。
ジョン君の飼い主は立派なカメラを持っていて、たくさんその風景を撮っていた。
私はこの時点でも、全然ジョン君の気持ちを察することができていなかった。
寡黙なチャン君はきっと気が付いていただろうが、私に助言することなく一緒に走り、すっかり疲れたところで宿に引き上げることにした。

「あの、ジョン君を離してあげてください。」
私はジョン君の飼い主に訴えた。
ジョン君は宿に引き上げてくると、飼い主に抱っこされたままだ。

「せっかく直に会えたのだから、もうちょっと一緒に遊ばせてください。ジョン君を離してあげてください。」
私は切々とジョン君の飼い主に話した。
どうせお母様と違って言葉は通じないだろう。
でも言ってみないわけにはいかない。

と、ジョン君の飼い主が私の目を見て言った。
「そうだね。うん、うん、そうだね。せっかく来たのだから一緒に遊びたいね。」
なんと!私の言葉がこの人には分かるのだ。

「でも、ごめんね、まだちょっとこの場に慣れないみたいなの。」
お母様の他に私の言葉が通じる人間は初めてだ。
お母様を振り返ると、
「犬千代、彼女には不思議な力があるの。話しても大丈夫よ。」
と、ウィンクしてみせた。

「例えばね、外出先で傘がないのに雨がシトシト降って困っていると、彼女が天を仰ぐの。すると5分もしないうちに晴れ間が見えるのよ。私とは違って、天からもらった力なのかもね。」
お母様が教えてくれた。

一方、チャン君と飼い主はしっかりした落ち着いた感じのコンビだ。
私はチャン君と遊び始めた。

「さぁ、そろそろ温泉でもいきましょうか。それから夕食も。」
人間三人は、宿にある温泉と夕食に行くために用意をし始めた。私たちも連れて行ってくれるのかな?

「君たちは、クレートの中でちょっと待っていてね。」

なんと!
私たちは狭い狭いクレートの中で待てと! 連れて行ってくれないのか?
やがて人間三人は宿の部屋から出て食堂へ行った。
部屋の中にはクレートが三つ。私は真ん中に置かれていた。

「ねぇ、お隣のジョン君。」

私がジョン君に話しかけた。
ジョン君は飼い主が出て行ったことで、軽くパニックしているようだ。
お隣のチャン君は落ち着いている。

「ねぇ、チャン君。狭いよ。出たいよ。」
私が言うと、チャン君は、
「大丈夫、時期に帰ってくるから。そうしたら、夜の海の散歩にでかけるかもしれないよ。今日は満月だ。」
と言って、私を落ち着かせようとしてくれた。

ところが私は狭いところが極端に苦手なのか、だんだんパニック状態になってきたのだ。
「大丈夫か?大丈夫か?犬千代君!」
チャン君が叫んでいるのが聞こえる。
反対側の隣ではジョン君も叫んでいる。
私の頭の中はぐるぐる回っている。人間で言うと閉所恐怖症というやつなのか?
私の意識がプツンと切れた。


「ただいま!いいお湯だったし、食事も美味しかったよ。さぁ、散歩にでかけようか。」

しばらくすると、人間三人が部屋に帰ってきた。

そして、三人とも、
「ええー!」
と驚いて、部屋の入り口で少し絶句している。

部屋においてきた三つのクレートは全部横倒しになって、真ん中の私はうつろな目をして横たわっている。

「この三つは、なぜ全部横倒し・・・まさか、犬千代が暴れた?」

考えにくいかもしれないが、その通りである。グレートごとすっ飛ぶ程暴れた。お母様、だから一緒に連れて行ってくれれば良かったのに。

さて、それから気を取り直して散歩に出た。
月夜の散歩は楽しい。
今日は満月で松明を照らしたように明るい。
海のさざなみの音も吹く風も心地よい。
ジョン君もチャン君もとても喜んでいるし、人間三人も楽しそうだ。

「帰りにコンビニ寄って、ワイン買って部屋で飲もうよ!」
という話をしている。

今夜は宴会になるようだ。
満月を見ながらの酒は美味しいだろう。
話もまた弾むに違いない。
できれば犬のグループもそんな気の利いた宴会をしたいが、わりと融通がきかないのが犬の世界だ。

人間たちの話は尽きない。
その膝にはそれぞれの愛犬が乗せられている。
話題は尽きないが、窓に見える大きな満月を三人でウットリと見ている時もあった。
私がいた戦国時代も月見の宴など開いていたから、昔から月の光にも人を魅了する不思議な力があるのかもしれない。

「この月はフルムーンていうんだっけ?」
と、誰かが言った。
「違うよ。ブルームーンだよ。」
と、また誰かが言うと、
「違うよ、『スーパームーン』ってニュースで言っていたよ。すごく月が大きく見えるのだよね」

他愛ない話も、三人には楽しいらしい。
ウフフと静かに笑いながら月を見て、ワインをお代わりしていた。

夜も遅くまでおしゃべりをしていた人間と犬たちだが、次の日の朝はさすがに疲れてトーンダウン。
私はチャン君とよく話すようになったし、ジョン君とも落ち着いて話すことができた。
私の趣味の一つである歌も、私が歌うとふたりが一緒にコーラスで歌ってくれたりする。
人間だけでなく、犬も他の生命体との交流は必要なのだ。

「帰っちゃうの寂しいね。」
二組が帰る時間になると、お母様も寂しそうだ。私も寂しい。

「きっとまた会える。会えるようにしよう。」
お母様が言った。

「人も犬も、会おうという強い気持ちと行動がなければ、そのまま疎遠になってしまう。絶対にまた会おうね。」

その通りだ。私も戦国時代からお母様と絶対に会いたいと願ってやってきた。
強く願って行動することは、とても大切なことなのだ。

「絶対にまた会おう。」

二組を見送るお母様の目に、きらりと涙が見えた気がした。

(16話へ続く)

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