岩波文庫チャレンジ47&48/100冊【失われた時を求めて11・12巻】
若干読むのがしんどくなった前2巻だったが、今回はストーリー的な面白さも加わって復活の2巻。スピーディーな展開の11巻に、怒涛の「えっ!」ラッシュだった12巻を振り返る。
①ヴェルデュラン夫人邸サロン
およそ300ページが費やされるが、珍しくその長さをあまり感じなかった。
アルベルチーヌが夫人のサロンでゴモラ友達に会うのだろうと訝しみ、元々彼女が行く予定だったのをぶち壊して、真相を確かめるため自らがサロンへ出向く。
真相を確かめに行ったはずが、なかなか真相を確かめない。その代わりに語られるのが、シャルリュスとヴェルデュラン夫人の不仲。
だがこの不仲の理由には頷けた。
シャルリュスは「夫人が招待しても良いと考えた人たちの名前を聞いた途端、有無を言わさぬ口調で断固たる排除宣言」をし、サロンでも主役の座を奪ってしまう。主催にも関わらず、夫人の周りはガラガラ。
当然「女主人としての権威を犯されたと感じ、機嫌を損ねて」しまう。シャルリュスが嫌になる理由は分かるが、この意趣返しがひどすぎる。
シャルリュスの恋するモレルにありもしない嘘をでっちあげ、その仲を引き裂く。まんまと嘘を信じたモレルに徹底的に嫌われたシャルリュスは衰弱・・
シャルリュスについては前後してその老いも語られる。「最初の年に見かけたときの、厳めしい風貌を備え男らしさを装っていた、あの高慢な未知の人とはあまりにもかけ離れていた」「思考が老化して、とっさに口をついて出てくる想いを昔のように制御できなくなり、40年もの間念には念を入れて隠してきた秘密を反射的に漏らしてしまう。」
あぁ・・自信満々で居丈高のシャルリュスに弱々しさは似合わない・・
元々弱りかけてもいた所で、見るも無惨な仕打ち・・そこへ現れる正義の味方!(ここはストーリーとして気持ちが良い)
サロンに招かれていたさる高貴なお方、ナポリ王妃。挨拶した夫人には目もくれず、シャルリュスに近寄りこんな言葉をかける。
惚れてまうやろー!
「王妃は、シャルリュス氏にも腹を立てていたが、それは卑劣な侮辱をした者どもに、氏がもっと毅然と立ち向かわなかったからに他ならない。」とある。
②アルベルチーヌとの口喧嘩〜失踪
サロンから、囚われのアルベルチーヌの元へ戻った「私」。アルベルチーヌの予定を反故にしておきながら、ぬけぬけと「どこへ行ってたと思う?」と聞く。
そして口喧嘩に発展。(うむ、そうだろう。)
これまで確定的な証拠はなかったアルベルチーヌのゴモラ疑惑だが、この喧嘩の最中に疑惑はピークに。
1)「そうしたら割ってもらえ・・・」・・80%?
途中で言葉を遮ったため、アルベルチーヌが何を言おうとしていたのか聞き出そうとする「私」だったが、ふと「壺を割る」はソドミーするの隠語だと気づく。
2)言葉より態度・・99%?
世の中には「どれだけ人が嘘を言い慣れていても、その態度までは隠せない」といった格言がある。
「誓って言うけど、1度も関係なんてなかったのに」と嘘をつき、赤面がおのずと告白した証拠を否定するのを聞いた。
そして
「アルベルチーヌのゴモラだけが謎の世界にとどまるという命題」に対してこう述べている。
そして一通り喧嘩の後、
「僕が寝ているうちに出ていっておくれ」
ちょっと!言い方!!と思ったが、これはいつもの「もう二度とジルベルトに会わないつもりであったのに対して、アルベールチーヌにそう言ったのは、全くの偽りで仲直りをするため」であった。(まだやるのかこの手口)
もはや常套手段だが、ここでプルーストが一言説明を添えている。
「わざとこのようにしている」のは、あとがきで訳者が触れているように「プルーストの複雑怪奇な心理の分析が、いかに明晰な論理に貫かれているかを雄弁に示すもの」なのだろう。
そんな「私」の思惑とは裏腹に、アルベルチーヌは手紙を残して出奔。
言われた通り出ていった訳だが、凄まじく狼狽える「私」。そして物語は怒涛の12巻へ。
③消え去ったアルベルチーヌ・・プルーストの本領
「私」は、去っていったアルベルチーヌをなんとか連れ戻そうと、サン=ルーに協力を依頼したり、アルベルチーヌに手紙を送ったりとアレコレ画策。
悲しみに暮れる「私」は、見ず知らずの少女を1時間ほど家に連れ込み慰みを得る(ぉぃ)。少女の両親が未成年者誘拐のかどで「私」を訴えるも、大事にはならず、警察から出頭命令がくるも、お咎めもなくまもなく放免。
悲しみを忘れるために決断したアレコレはどれも上手くいかない。それどころか、アルベルチーヌに画策がバレて「こんなバカげた工作は二度としないでください」と返信がくる。ますます遠ざかる距離。
何度も本当の思いとは逆の事をしてきた「私」だが、不在のアルベルチーヌのシを想像した途端、初めて素直な気持ちを手紙で伝える。
「どんな条件でも呑むから戻ってきて欲しい」
やっと言えたな〜!!😭
思ったのも束の間・・
「お気の毒ですが、私たちの可愛いアルベールちぬはもうこの世にはおりません。散歩の途中乗っていた馬から投げ出され、木に激突しました。」
訃報が届いた後、生前書き残したと思われるアルベルチーヌの手紙も届く。
「戻っても良いのでしたら、すぐ汽車に乗ります。」
😭
なんだこの展開は!
ここからの「私」の葛藤は読んでいて辛い。内面描写に300ページ超費やされるも、訳者が“最もプルースとらしい“と言葉を添える程、圧巻。
(プルーストも凄いが、ちゃんと読みやすいので訳者も凄い👏✨)
いくつか印象に残った言葉を残したい。
悲しみから間もない内は、無理矢理アルベルチーヌを忘れようとして「無数のアルベルチーヌを出現させて、美しい思い出に汚い思い出を消してもらおう」とする。そんな中少しずつ忘却が訪れる。
忘却とは、
④明るみになる真実
悲しみに暮れる「私」をよそに、周囲には驚くべき変化が。怒涛の「え!」。
1)全て以外な組み合わせ、結婚3組
*ジルベルトとサン=ルー
「きっと私がシんだとお思いでしょう。お許しください。私はいたって元気です。お会いして結婚の事などお話ししたいです。アルベールチーヌ」
「え!」生きてた!?と思わせるも、これは「私」の勘違いで、差出人はジルベルト(初恋の人)だった事が後で分かる。
一般市民と貴族の結婚、あとがきによれば、“かつてコンブレーで、相容れない散歩コースとされていた「スワン家のほう」と「ゲルマントのほう」の結合“。
*ジュピアン姪とカンブルメール息子
この両者は自分の振り返りでの登場は皆無に等しいが、シャルリュスとソドムの関係にあったジュピアン。その姪を、シャルリュスが養子にして称号を与え、さらに貴族と血縁関係を結ぶという真の玉の輿。
*アンドレとオクターヴ
この2人の記述も皆無に近いが、両者ともリゾート地バルベックで登場。アンドレはアルベルチーヌの友達として「私」もある時は恋心を抱いていたり?アルベルチーヌ亡き後に慰めてもらったりしていた関係にあった。
2)明かされる真実
変わったのは周囲の関係だけでなく、これまでの認識も覆されていく。
(その1)アルベルチーヌのゴモラ?
「私」がしつこく詰問した事で、結局は出ていかせてしまったアルベルチーヌ。どんなに迫っても本当の事を言ってはくれなかった。どうしても知りたかった事、アルベルチーヌはゴモラだったのか、その疑問に対する答えをアンドレがあっさり教えてくれる。
アルベルチーヌはやはりゴモラだった・・その証拠、いや証言が集まってくる。
同時に、「私」がしつこくゴモラを疑っていた女友達とはそんな関係にあらず、出奔した理由も、詰問は遠因ではあったかもしれないが、原因ではなく、実はなかなか結婚に踏み切らない「私」の裏で、結婚準備を進めていたためだ、という事もわかってくる。
(その2)サン=ルーのソドム?
前回知りたくなかったネタバレとして最後方に記述した詳細が明かされる。
(★知りたくない場合は読み飛ばし推奨)
ある人物(ジュピアン)から、モレルとサン=ルーが恋愛関係にあったという第三者証言、恋文の存在を知る。さらに驚くべきは、サン=ルーとアルベルチーヌが実は知り合いで、アルベルチーヌがゴモラだと知った上で、それを利用し、女友達を自分の元へ呼び寄せ、女遊びまでしていたという・・
ここでいう、アルベルチーヌとサン=ルーは「単なる同性愛には収まらず、単なるバイセクシャルにも収まらず、むしろソドムの男が持つゴモラの女との深い関係、ソドムとゴモラの結合とでも言うべき関係」(あとがきより)
結局「私」の想像は、何一つ正しい道筋を教えてはくれなかったと分かる。
あとがきにもあるように「失われた時を求めて」の主眼は、「私」の振る舞いを正当化することではなく、「私」の目(読者の目)を開かせること。
ここで明らかになったとされることも、結局は証言の域であり、プルーストも釘を刺している「それが真実であったかどうか、私にはついぞわからずじまいになった」。
ゴモラだのソドムだのという真実云々よりも伝えたい事、証言は証拠たりえず、想像は真実を語らない、と。
物語の面白さも去ることながら、作家の素晴らしさを感じる事ができた今回の2巻。記述した以外にもスワンのシ、新聞に「私」の文章が掲載、ヴェネツィア旅行なども語られ、クライマックスへ近づいていくのを感じる。
また「特殊な歓び・陶酔感」をもたらすとして再度持ち出される、マドレーヌ(①,p111)、サンザシの香り(①p303)、鐘塔(①,p384)、バルベックの街道の木(④,p177)あたりは、ここへきて再読したいと思った。
これらは、
と言う、もう一つの問いに対する答え「芸術にこそ作者の精髄が現れる」(あとがきの言葉)に近づける気がする。
なお、人名や地名に空白が残る部分は「十分な手入れをする余裕のないまま、作家が他界してしまったから」という事だが、空白は一切気にならなかった。
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