見出し画像

四宮のフランス体験記 #6

  翌日。寒暖差とストレスから頭痛が生じるパリの朝は、晴れだった。ドミトリーの窓から朝日に照らされたパリの街並みが見える。といっても、中心部ではないから周りには鉄筋コンクリート造のビルが立ち並ぶ大都会だ。東京と大差がないのだが、それでもそのビルは西洋風に彩られている。それらに積もった雪が、太陽の光に当たって乱反射をしているその様は、実に詩的であった。

 時計を見ると7時と表示されている。いつも日本では8時に起きていたから、時差ボケはほとんどなかったのだろう。そのまま着替えて、朝食へと向かう。朝食は寮母さんが来て、部屋の掃除のついでに毎日作ってくれる。ベッドと朝食を提供してくれて一日20ユーロだというのだから、まったく恐れ入る。

 ありがたいことに、宿で出される朝食は白飯と味噌汁、そしておかずである。白飯が食べられなくなることは今回大きなストレスになるだろうと思っていた。もし宿で出されるご飯がパンと牛乳とかであったりしたら、ぼくはスーツケースの中にアルファ米とインスタントの味噌汁を迷わず忍ばせていたに違いない。

 ご飯を食べていると、早速もともとドミトリーに滞在していた方々に矢継ぎ早に質問された。

 -どこから来たんですか。

 -日本の成田から。住まいは〇〇です。

 -そうですか。自分は××から…。ロンドンを経由して、一週間前にパリに入りました。旅行ではなく仕事の出張で。ここなら日本語が通じるので快適なんです。

 -ぼくはイタリアから。もうすぐフランスは終わりで、この後スペインに行きます。大学を休学して、バックパックをやっているんです。

 それぞれ、日程は千差万別だった。ぼくのようにフランスのみの滞在を選択する者もいれば、他国からフランスに入った者もいる。旅行、仕事と目的も異なっている。おそらく、収入も、社会的立場も違う。それらが、ドミトリー式の日本人宿というただ一点の理由のみで食卓をともにしている。それがぼくにとってはとても新鮮に見えた。

 さて、食事も終わると各々が出発していく。あるものはガイドブックをもって、あるものはスーツをまとって。ぼくもそろそろ出かけなければならない。

 最初の場所はどこにしようということでかなり迷ったが、ルーブル美術館を選択することにした。天気が多少改善したとはいえ、さすがのルーブルも客入りは少ないに違いない。9時にスタートということだから、今から行けば30分前には並ぶことができる。

 電車に乗ってパリ中心部へと向かう。ルーブル美術館は、もともと要塞、そして宮殿として使用されていた歴史を持つ。現在は美術館周辺は庭園として整備されていて、近辺にはマリーアントワネットの処刑が行われたコンコルド広場、ゴッホの「睡蓮」が所蔵されていることで有名なオランジュリー美術館がある。世界の宝が、ここに集約されているのである。

 ルーブルも、街と変わらず白に包まれていた。運のいいことに、ぼくは多少の寒さと体調の悪化を引き換えに、パリでは晴れ、曇り、雨、そして雪の感情を見ることが許された。そして予想通り、いくら世界一の美術館といえども雪の中を朝から並ぼうとするもの好きはほとんどいなかったらしく、ぼくはほとんど並ばずにガラガラのルーブルへ突入することができた。

 入口はあの有名な「ルーブル・ピラミッド」である。非常に古典的な景観の中に存在するガラス張りの三角錐は確かに異質であり、これの計画時に物議をかもしたことがなんとなくわかる。そのままエスカレーターにのって地下エントランスへ。そのまま、入場券を購入する。そしてゲートをくぐれば、いよいよ歴史に名を残す数多くの美術品との対面だ。

 ところが、ぼくにはとある問題を抱えていた。美術品の歴史背景の勉強不足である。ある程度は調べてきてはいるものの、ルーブルで待ち受ける膨大な作品を包摂できるはずがない。そこで、電子ガイドを購入することにした。美術館ではよくあるアレである。幸い日本語もあったため、カウンターで「Japanese, please」とつたない英語で伝えた。受付の方は笑顔で「OK.」と答えたのちに後ろの棚をゴソゴソやってあるものを取り出した。

 それは、イヤホンが付いたニンテンドー3DSであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?