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可能性を潰せるか?

1.なぜ自分語りばかりするのか?

早くも、2回目の読書レビューとなりました。今回の本は『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著)です。

以前のnoteにも度々書かれていたように、私は今までの自分、特に高校時代の自分の振る舞いとそれに紐づく対人関係の結果が最大の後悔です。

このことが頭のどこかにずっと残っていて、noteを書く時にいつも頭をよぎります。

なので、ついつい書いてしまうことが多く、そのことに対しても自分にも嫌気がさしています。

なぜこんなにずっと心に引っかかっているのか自分でも気になっていましたが、今回『嫌われる勇気』を読んで少しわかった気がしたので考えをまとめてみたいと思います。


2.嫌われる勇気=可能性を潰す勇気

結論として、アドラー心理学からいうと現状の私は以下のとおりです。

①自意識過剰
②可能性の中に生きている
③人生の嘘をついている


①:自意識過剰

これは、自己中心的な考え方という言葉でも置き換えられます。

本書では、地球儀的発想ではなく、世界地図的発想が問題であると例えられています。

タイトルにもある通り、嫌われる勇気が重要です。

なぜなら、誰からも嫌われたくないという承認欲求は、自己への執着があるからだとアドラーは言います。

②、③でも述べますが、結局自分がかわいいうちは人生のタスクから逃げており、劣等コンプレックスとして変われない自分を納得させようとしているのです。

ですから、『高校時代の自分はこんなにも悪い奴だった、自分から告白するから嫌いにならないでね』といいたいがために、ことあるごとに書いているのだと気づきました。


②:可能性の中に生きている

本書の中に、「もしも何々だったらと可能性の中に生きているうちは、変わることなどできない」という一文がありました。

これを読んだとき、石で頭を殴られるような感覚を覚えました。

可能性の中に生きるというのは可能性を自分の中で残しているということであり、つまりはやらない・現状から変わらない理由・言い訳を残しているということなのです。

「俺はまだ本気出してないだけ」とか「今回の試験ノー勉だわー」とかが、まさに可能性の中に生きているといえます。

ですから、『もしも、もっとチームメイトと仲良くできていたら、いい関係を築くことが何よりも大切だと理解できていたら、試合に出て活躍していたかもしれない、プロになっていたかもしれない』と思っていたいだけなのだと気づきました。


③人生の嘘をついている

アドラーは、人生にはタスクがあるとし、それは仕事・交友・恋愛の3つを挙げています。

それに対し、②で述べた可能性の中に生きつづけて様々な口実を設け、人生のタスクを回避しようとする事態を人生の嘘とよんでいます。

その中でも最大の嘘は、「いま、ここ」を生きないことであり、過去や未来をみることで人生全体にうっすらぼんやりと光を当て、何か見えたつもりになることだといいます。

ですから、『悪い意味で過去にすがることで、頑張り切れていない、現実の対人関係を何も変えることができていない今から目をそらしている』といえます。

他にも、使用ではなく所有の問題と捉える、といったことなど嫌われる勇気をもつために必要な考え方が書かれていました。

本書を読んで、嫌われる勇気とは、可能性を潰す勇気でもあると感じました。決断できないときは、可能性を潰せばいいのです。(退路を断つ、とかに似てるかも)


3.カッコいい人は、今に殉じて生きている。

『カイジ』で有名な福本伸行先生の作品で、『アカギ』というものがあります。その中で好きなセリフがあるので紹介したいと思います。

「奴は死ぬまで(人生を)保留する…」

「適当なところで手を打って、『答え』を先送りにして、今を薄めて生きている…」

まさにこれですよね。

向き合うべきは過去でもなく未来でもなく、”いま”なのだと痛感しました。

過去の話をするのはもうこれで最後にします。

ダッセえから。

かっこいい人間になろう。

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