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「ニュースは無料」では未来はない

 ニュースメディアが経営的に衰退している原因について、みなさんはどのように見ていますか。「スマートフォンが普及したから」という見方は間違ってはいませんが、より丁寧に分解して本質を見極めることがニュースメディアの再建には必要に思われます。ここでは、デジタル化による①新聞自体②周辺環境③利用者の視聴習慣の三つの変化から順番に探りましょう。まずは、新聞自体のデジタル化に伴う問題です。

 新聞はデジタルの電子新聞になり、紙面とは違って、掲載できるニュース、図表や画像、動画などの分量に制約がなくなりました。オンラインなら印刷や配達などの流通コストもかからず、コピーも無尽蔵にできます。「印刷・流通コストをかけずに、今の購読料で売れたら、もっと高収益になる」と算盤をはじく新聞社の経営者がいてもおかしくなかったのです。

 しかし、英フィナンシャルタイムズや米ウォールストリートジャーナルといった経済紙、米ニューヨークタイムズなどのグローバル紙といった数少ない例外を除き、大半の新聞社では、そうなりませんでした。世界に15億人いる英語人口とネットで瞬時にアクセスできるようになり、その中の富裕層・リーダー層に絞って売り込むことに成功したといえます。

朝日新聞の電子版「アサヒコム」が日本初のニュースサイトとして導入されたのが1995年。当時、インターネットはブロードバンド化しておらず、電話回線で多くない分量のニュースや画像を伝送するのに数十秒かかることもしばしばありました。このため、多くの紙面読者のために速報などのサービスを補完する手段として、無料で公開されたのです。「ニュースはすべての人々に伝えるべき公共財だ」という意識も記者に共有され、ブロードバンド化後も無料の時代が続きました。

 その中で、海外の経済紙はいち早く有料化に着手しました。英国の経済紙フィナンシャルタイムズの場合は、当時の親会社だった世界的な教育出版社ピアソンに課金を強く迫られたことが背景にあります。ごく限られた本数の記事を無料会員に見せて広告収入をめざしつつ、それ以上の記事は有料読者に限定する「ソフト・ペイウォール」の課金手法を確立し、2010年代から有料購読者数が過去最高を更新し続けています。現在はデジタルで100万を超え、紙を合わせた総数は120万に達しています。

 これに対し、一般紙の電子版への課金は苦戦が続き、ニューヨークタイムズも2回、課金制を導入しては撤退していました。リーマンショックによる世界的な不況もあって、広告収入が大きな打撃を受ける中、敢然と課金制を断行したのが、メディア王として知られるルパート・マードック氏でした。

2010年2月、タブレット端末専用の電子新聞ザ・デイリーを創刊したのに続き、傘下の英高級紙タイムズ、英タブロイド紙サンまで、すべての記事を有料化する「ハード・ペイウォール」を導入しました。ザ・デイリーは2011年12月に廃刊になり、サンの課金は成功しませんでしたが、タイムズの「ハード・ペイウォール」は一定の成功をおさめて定着していますニューヨークタイムズは2011年2月、三度目の正直で課金制を導入、2022年にほとんどがデジタルという購読者数が1千万を超えました。現在、ニューヨークタイムズもフィナンシャルタイムズも基本的に「ハード・ペイウォール」です。

 マードック氏は、欧米ではメディア寡占の象徴的存在で、傘下の英タブロイド紙が盗聴事件を引き起こすなどして批判の多い人物です。ただ、海外メディア企業の買収だけでなく、ビジネスの機械化や効率化でも結果を残しており、経営手腕については学ぶところが多いと感じます。ザ・デイリーなどの課金化のチャレンジがなかったら、世界的に課金化の流れが復活するのが遅れたかもしれません。

 ニュース制作は労働集約型で、膨大な人件費や経費を費やしています。広告収入も限られる中で「ネットのニュースは無料」で流通していること自体、ありえないというマードック氏の強い思いが課金化に感じられます。「無料」ニュースの流通を抑え込むとともに、ニュースメディアもマーケティングを磨き直し、現代の人々に「お金を出して読みたい」と実感してもらえる製品に革新することが急務でしょう。

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