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[77] 名もなき花のメロディー

むくりと起きあがると、さわさわささやく草むらのうえ、まじまじと見つめた両手は少女でした。こそばゆい指先には冬越しのナミテントウが遊んでいました。ためらいを残して、ゆっくりと飛び立ちます。目で追えば、暗闇の先には満天の星空。
どうしてこんなところにいるのかしら。まるで思い出せない不思議さ、それさえも忘れてしまうほどに、少女のこころはぽっかり。やさしい風の口笛に、まぶたを閉じます。

目を開くと、か細い茎をにぎっていました。先端に垂れるつぼみ。かつて愛でた記憶が、少女の全身によみがえります。踏み躙られることはないにしても見過ごされがち。華やかさもなかったでしょう。高すぎる理想は、すぐにその花を枯らしました。

少女はつよく、にぎりしめます。捨てきれない期待感を込めるように。見る見るうちに、つぼみは咲きました。少女の孤独に寄り添うように。その花の名前を彼女は知らなかったけれど、風の力だけで走り抜いたという鉄道の車中で売られていた記憶。うつくしき一重咲きでした。たとえ、ゆめまぼろしのたぐいであっても、育ててみたかった純真なあこがれ。
覚醒の予感を孕む花びら。夜天で騒ぐ星たちの声が降ってきます。星と星とが自然と手を取り合って、その花の急速な生長を見守りはじめます。こよなく愛することを確信できる、生まれ変わりのような開花が展開されます。

一輪だったちいさな花は、無数に咲き誇ってゆきます。咲き乱れた花たちは、自らの存在を知らしめるように、
りんりん リンリン 凛凛
と、歌いだします。
つられるように、星たちも咽喉を鳴らします。星々は花々。花々は星々。うっとりの最上級を連れてくるハーモニー。
そのうつくしい歌声がひびきわたる夜の大ホールで、少女はたったひとり、ぜいたくな観客でした。

彼女は花の名前を神秘に尋ねようとはしませんでした。知ってしまえば、この歌声を失ってしまう気がして。この愛おしい時間を失ってしまう気がして。少女の体を永遠に失ってしまう気がして。
まわりの花たちに促され、少女は戸惑いながらも歌いはじめます。自分の声がどこかへ届くのかもしれないと、どきどきしながら。
りんりん リンリン 凛凛
と、恥ずかしそうに、赤くほほを染めて。


※幻想宇宙でうたう星々
(胸がときめく星の声 後編)

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