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[59] 咀嚼する時計

もしかすると
へその緒をちょきんと切られてから
ずっとなのかもしれない
一日二十四時間 止むことのない
死神の咀嚼のような時の音が
巧妙なやり口で
私の内にある
あらゆる鮮度を食い散らかすのだ

地下を走る匣のなかで
眠たい目をこすりながら
きのうもクリアできなかった
思考迷路のスタート位置に立つ
すぐさま迷った通路には
魚心が落ちていて
拾いあげると
信じられるのか
信じられるのかと矢継ぎ早
否定は確信を含み 首を横に振る
水心もしかり

安物のウォッチは嫌味と愚痴をブランチに
満腹のゲップ
怠けたい短針が
節度ある長針にちょっかいを出しはじめると
頭の悪そうな秒針が 盤上で浮いて見える
彼らは三者三様の手段で
私に苦痛な忍耐を強いる
花壇に咲いている
色とりどりの百日草が
まだ枯れないでいてくれることが慰め

帰路ではまるで ゾンビの歩行
呪いのごとく
漏れるため息
残り時間を確かめられない心臓が
時限爆弾のようなおそろしさを醸しだす
めずらしく空いているシートに
体を預けると
テニスラケット抱え眠る少年の
驚くほど無防備な あどけなさ
乾いた瞳を
突き抜けてゆく
時も忘れ玩具に心奪われた
私だけの幸福な時間が回想される
のろまな短針の不快さが
不思議と
相殺されてゆく

捨てたものではないと 口に出してみる
夜気を吸いこめば
全身の腐泥が剥がれ落ちてゆくようで
まんまるい月が
眼前の闇にも
心強く輝いてくれる


※ロマンスグレー着陸計画
(灯しなおす浪漫 後編)

お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。