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[26] 海のらくがき

年甲斐もなく
わるふざけ
無銭のまま飛び乗った気球が
海上へと
    のぼる
  のぼる
のぼる

おーい まてまて
地上で大仰に飛び跳ね
めいっぱい手を振るジェスチャー
豆粒のように
ちいさくなってゆく

盗んできたんだと
得意顔
ふたつ取り出された
海にらくがきできるというスプレー缶
ひとつ手渡され
青くきらめく海面 見おろせば
いたずらする男の子の心持ち
こうなったら
溜めこんで吐き出せない 陳腐な憤り
書き連ねてやろうか
それとも
嫌われたあのひとへの 失せない気持ち
大書してみようか
すでに友は噴霧
海には品のない言葉が
でかでかと
白い雲のように 浮かんでいる

きらきら きらきら
くじらの潮吹きは
海を清めるための 偉いおしごと
両目がどこについているのか
わからないのに
睨まれているのがわかる
パトロールにきたんだ
逃げろ
逃げろ
逃げろ
あわてて速力を上げた気球が
大気圏外へと
    のぼる
  のぼる
のぼる

安堵のため息
浮かない顔の友
どうしたのだろうかと眉をしかめていると
いい歳した男が
幼い少年のように
ぐしゅん ぐしゅん
泣きべそ
ねがい星の親玉にひざまずき
お墓は土まんじゅうでかまいません
今だけ
心から楽しませてください

真剣な声音
からかってやりたいのに
まるで
笑えない


※逃亡銀河の鼠たち
(逃げのびた闇のなかで 前編)

お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。