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[27] 拝啓お天道さま

不安を抱いてしまう暗夜には、あなたのまばゆさが待ち遠しいのです。東雲のお空は、なぜこんなにも沁みてしまうのでしょう。雨天の際はおすがた拝見できませんが、おやすみされることもなく、毎朝、わたくしたちに光を降りそそいでいただき、ありがとうの感謝でいっぱいです。
息子の名にあなたの名を拝借させてもらってから、数十年が経ちました。健全で立派なおとなに成長し、名に恥じぬ輝かしい人生を––––送っているわけではないのです。申し訳ありません。うじうじうじうじ、もじもじもじもじ、顔に泥を塗るような、じめじめした男になってしまいました。みっともない暮らしぶりに、わたくしも呆れ果てております。

例年、陽射しがつよすぎる、暑苦しいなどと口をとがらせる者がおりますが、お気になさらずに。お疲れ気味なのでしょうか、異変が起きているという声をぽつぽつ耳にします。いくら長生きとはいえ、寿命があるのですから、ご自愛くださいませ。
ところで、お天道さま、その……お、お、お月さまと、あ、あ、逢い引きなさっているといううわさはほんとうなのですか? あらいやだ、わたくしったら、野暮なことを訊いてしまいましたかしら。最近は井戸端会議でもそういう話題はめっきりなくなってしまったものですから。そういえば、お豆腐屋のおじいさんも、滅多なことは言いづらい、不自由な時代だとぼやいておりました。さりとて、おふたりのロマンスが燃えあがる夜もおありなのでしょう? いくらお月さまが、証拠はあるのかしらとはぐらかしたところで、火のないところに煙は立たぬと言いますからね。

横道に逸れてしまいましたが、あなたにお願いしたいことはただひとつ、息子の安否確認でございます。どうあってもわたくしが守ってやらねばと気をつよく持ち直した矢先に、家出いたしました。紙片に汚い字で、(銀河団に入る)と、書き置きして……。
わけがわかりません。わたくし、発狂しかけたのですよ! あなたのような明るい存在になりたいとこぼした息子の言葉は、うそだったのでしょうか。信じておりましたのに。
見つけてください。まだそれほど遠くには行っていないはずです。見通しのよい目をお持ちなのですから、きっと見つけられます。後生の頼み、どうか、心からお願い申しあげます。


※逃亡銀河の鼠たち
(逃げのびた闇のなかで 前編)

お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。