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[37] 平日の商業ビルの日陰にて

平日の商業ビルの日陰にて、腰の曲がったパフォーマーが、打楽器を鳴らしている。
いったいなにがはじまるのかと、集まる人々。美容院がえりのおひまなマダム。だれかと待ちあわせのビジネスマン。ゆびをからめて好きあう学生カップル。えとせとら。
老爺の頭上には、薄汚れたねずみの被り物。吸い寄せられるように興味津々。通りすがりの男は、離れた場所から腕組み見物。

銀色に染め抜いた、重たそうなヒゲをゆさゆさ揺らし、クヮッカクヮッカクヮッカカカ。ありとあらゆる陰鬱を詰めこんだような、不気味なカスタネットが鳴りひびく。リズムにあわせ、奇妙なステップ。口元から漏れ出る、ネガティブな恨み節。その滑稽さに、男の口元はゆるんだ。クヮッカクヮッカクヮッカカカ。クヮッカクヮッカクヮッカカカ。だんだんだんだん、耳障り。

マダムは老爺のほおをはたき去った。ビジネスマンは老爺のすねを蹴り去った。カップルは手持ちのカキ氷を老爺のねずみに食わせ去った。
そこのかわいいお嬢ちゃああん。
リボンの幼女はびくつき、おめめをぱちぱち。
わしのおヒゲめずらしいじゃろう? 
幼女の母親、血相変えて駆け寄ると、カスタネットをひったくり、ぶあつい入道雲に向かって、おもいきり放り投げる。

くゎっかくゎっかくゎっかかか。くゎっかくゎっかくゎっかかか。口真似カスタネットは、じつに軽妙。老年のビブラートは、むだに巧妙。汗だくの老爺は、去らない棒立ちの男の目を、じいっと見つめる。
ずいぶん澱んでしまったのお。
あわてて視線をはずす。
見失ってしまったのじゃろう?
易々ともぐりこまれる。

ほとほと嫌気が差し、くずおれた、あの暗澹とした日々の息苦しさに、男がおぼれそうになったとき、カスタネットは地に叩きつけられ、断末魔の叫びのごとく割れ、ひびきわたった。
屋上から、顔をのぞかせる陽光。端っこだけは、つかんだまま放さない。


※逃亡銀河の鼠たち
(探りあてた光にすがる 後編)

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