夏の終わりに星を読む

蚊。
元気な蚊がまだ、ぷぅーんぷぅーんと鳴りながら飛んでおりますが、すでに夏の終わり。
秋。
そう、もう秋なんですよね。
特別な思い出なんてつくることもできず、なにかに懸命に打ちこんだ充実感もなく、暑苦しくて消耗しただけの夏が、またひとつ、過ぎ去ってしまいました。
私の人生なんてこんなものか、こんなものだろうと、落胆のため息に塞ぎこみ、棚と棚の隙間にでもすっぽり挟まっていようかな、などと考えてしまうこともありますが、忘れてはなりません、文庫フェアという、ささやかな夏の楽しみを味わえたことを。

文学に興味を持ちはじめた頃から、文庫フェアが夏の憂鬱も吹き飛ばしてくれるのではないか、そんなふうに期待するようになりました。
本屋に出掛けて、今年のオススメ作品はなんだろう、ずらりと並べられた本のタイトルを、心ゆくまで眺めます。うむ、これはもう読んだな、おや、これはまだ未読だな、よし、今夏はこれを読んでみようかなとあれこれ悩んだ末、レジへと足を……運びません。帰りもしません。店内をぶらぶらしてから、また戻ってきます。そして、馬鹿みたいに同じことを繰り返すのです。
他のお客さんや店員さんに不審がられているかもと感じだしたところで、目星を付けていた本を焦りながら手に取り、ようやくレジへと足を……運びません。もうしばらく、逡巡するように店内を練り歩きます。いつからでしょうか、長時間本屋に留まっていても苦痛に感じないどころか、居心地の良さを感じるようになったのは。十冊ほど購入したあとの幸福感は、なんとも言えないものがあります。
要は優柔不断にも程があるでしょうという話なんですが、実はこの文庫フェアで、毎夏、星新一さんの作品を必ず買うと決めています。新潮文庫の、プレミアムカバーのやつです。

2013年から毎夏購入していると思っていたのですが、2020年の星さんが見当たりませんでした(悲)


SF小説には馴染みがない(SF映画は割と見ます)のに、なぜこんなにも惹かれるのかなと不思議だったんですが、よく考えるとそれなりの理由があるんです。
元々私は文学ぎらい、読書ぎらいから始まっていますので、本なんてほとんど読まないまま大人になってしまったんですね。
昔、小説を書いていましたが、書こうと思い立ったときも、小説が好きだからではなく、小説家やったら働かんでええんやろな、なんかあこがれてまうわ、ええやんええやん、よし書いたれ、という感じでした。
そんな私が、取り憑かれたように文学、殊に純文学に没入していくとは夢にも思いませんでしたが、根が読書ぎらいという名残りのせいか、読書欲を維持するのはなかなか難しいものがあります。特に、小説を書くために小説を読むということをやっていると、行き詰まることが多々ありました。
そんなときに出会ったのが、星新一さんのショートショートです。何も考えずに、ぺらぺらと頁を捲っていました。おもしろいなと思いました。読書ぎらいの人でも、一編一編の作品が、なんというか、質量ともに「ちょうどよい」感じがするのです。
物語の内容がハッピーでなくても、作品を読者に読ませる術を心得ている気がしました。ウイットに富んでいて、あっと驚くような展開もあるし、早く結末を知りたいとも思わせてくれます。気づけばエム氏やエヌ氏の独特な世界観にハマっており、中毒性まで感じるようになっていました。
ブラックユーモアの利いた作品の読後は、どこかぽっかり空いた心の隙間を埋めてくれる錯覚さえ味わうことがあります。奇想天外な着想であっても、人生とはこういうものだ、易しいものではないんだと、短いストーリーのなかにぎゅっと詰めこんでまとめる技量には、恐れ入りました。人生観をうまく作品に落としこんでいると思いますし、誰もが掬えそうで掬えない発想をされているように感じます。どんな人間も愚かであり、おかしな生き物であるというある種の安心感が、悩みさえも吹き消してくれる気がするのです。
作品の舞台は身近なところから宇宙まで実に多彩ですが、個人的には、やはりSFの世界が好みですね(放送されたテレビドラマもいくつか拝見しました)。

毎年意気込んで買う小説も、なかなか読めないままに夏が終わってしまうのですが、星新一さんを開けば、読み進めることができて、一冊読み終えた満足感とともに、再び読書欲を回復させることができます。
とはいえ、彼の作品は一年に一冊しか読みません。このペースだと、生きているうちに全部読破するのは無理でしょう。
ただ、私が言いたいのは、月並かもしれませんが、読書も出会いなんだということ。そのときの気分や状況に合った本と出会うことは、人生を少し、あるいは大きく変える可能性があるという事実です。いくつかの小説が、私に書くことを覚えさせてくれたように。
今年もまた、秋が本格化する前に、星新一さんを一冊読み終えることができそうです。これからも、彼の作品を読みつづけていこうと思います。


駆け出し探求者の痴れ言

お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。